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回答
法律上の主な注意点は下記の通りです。
・年俸制の労働者にも労働基準法は適用される。
・割増賃金を含めて年俸額を決定するのであれば、基本給部分と割増賃金部分が明確に区別されている必要がある。
・期間途中における、一方的な年俸額の減額は、原則できない。
・遅刻や欠勤についての取扱を明確にしておく。
・賞与と割増賃金の関係に注意が必要(下記解説参照)
年俸制は、成果や成績を評価して給与を決めます。
そのため、営業職や研究職のような職種であれば、成果や成績がわかりやすく、労働者の仕事への意欲向上も期待できます。
一方で、「縁の下の力もち」のような、成果や成績を評価しにくい職種であれば、導入のメリットはあまりないかもしれません。
なお、年俸制導入によって給与額が減少する労働者も出てくるかもしれません。
その場合、労働条件の不利益変更に当たるため、労働者への丁寧な説明が求められるでしょう。
詳しくは下記解説「就業規則の不利益変更が認められるための要件」をお読みください。
解説
年俸制とは
年俸制とは、下記2点を特徴とするものです。
・ 1年単位で賃金額を決定する。
・ 労働者の能力や業績に対する評価で、賃金額を決定する。
これら2点を特徴とするだけですので、年俸制の労働者にも労働基準法は適用されます。
しかし、下記のような誤解がよく見られます。
年俸制に関するよくある誤解
・年俸制の労働者には、割増賃金を支払わなくて良い。
・年俸制の労働者の労働時間管理は、行わなくて良い。
このような誤解が生じるのは、みなし残業代や裁量労働制などの他制度と併用されているケースがあるためでしょう。
繰り返しになりますが、年俸制の労働者にも、労働基準法は適用されます。
年俸額に割増賃金が含まれている場合の注意点
年俸制と併せて導入されることが多いのが、みなし残業代制です。
運用において労働省(現厚生労働省)より下記通達が出ています。
「年俸制適用労働者の割増賃金や平均賃金の算定において」 http://plaza.umin.ac.jp/~ehara/tsutatsu/kishu78.pdf
年俸制の労働者に関する割増賃金と平均賃金の算定に関する疑問点に、労働省労働基準局長が回答する形式となっています。
ポイントは、下記の通りです(太字部分は筆者による加筆)。
・「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は労働基準法第37条(割増賃金に関する規定)に違反しないと解される。」
・「年俸に割増賃金を含むとしていても、割増賃金相当額がどれほどになるのかが不明であるような場合及び労使双方の認識が一致しているとは言い難い場合については、労働基準法第37条違反として取り扱うこととする。」
・「あらかじめ、年間の割増賃金相当額を各月均等に支払うこととしている場合において、各月ごとに支払われている割増賃金相当額が、各月の時間外労働等の時間数に基づいて計算した割増賃金額に満たない場合も、同条(労働基準法第37条)違反となる・・・」
「年俸制適用労働者の割増賃金や平均賃金の算定において」 平成12年3月8日 基収78号
上記通達によれば、実務においては下記の点に注意しなければいけません。
・年俸額に時間外労働等の割増賃金が含まれていることを雇用契約書等に明記する。
・割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分を明確に区別して雇用契約書等に明記する。
・割増賃金相当部分が、法定の割増賃金額以上でなければならない。
・年間の割増賃金相当額に対応する時間数を超えて時間外労働等を行わせた場合は、別途割増賃金を支給する。したがって労働時間管理は必須。
・年間の割増賃金相当額を各月均等に支払う場合、各月に実際の労働時間に基づいた割増賃金以上支払われているかどうかチェックする。
違法となる例
各月均等割増賃金相当額:5万円(= 60万円 ➗ 12ヶ月)
5月の実際の労働時間に基づいた支払われるべき割増賃金:6万円
契約期間途中の年俸額の減額や、遅刻・欠勤などへの対処について
年俸制で契約した労働者の働きぶりが、契約時に期待した水準に満たない場合もあるでしょう。
そのような場合には年俸額を下げたいところですが、難しいと言わざるを得ません。
判例では下記のように、期間途中の年俸制の減額について述べています。
「年俸額及び賃金月額についての合意が存在している以上、被告会社が賃金規則を変更したとして合意された賃金月額を契約期間の途中で一方的に引き下げることは、改定内容の合理性の有無にかかわらず許されないものといわざるを得ない。」
シーエーアイ事件 東京地判 2000年2月8日
どうしても減額したい場合は、労働者に十分な説明を実施した上で、契約の再締結するという方法しかないでしょう。
なお、年俸制であってもノーワークノーペイの原則を適用することはできます。
この原則は、就業規則に記載しておかないと適用できないものではありません。
しかし、遅刻や欠勤について労使間で認識相違がある場合は、トラブルに発展しかねません。
無用のトラブルを避けるためにも、遅刻や欠勤した場合の計算方法について就業規則等で明記しておきましょう。
賞与の性格次第で、割増賃金の計算式が変わります
賞与の定義については、「労働基準法の施行に関する件(昭和22年9月13日 基発第17号)」で明らかにされています。
・定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるもの
かつ
・その支給額があらかじめ確定されていないもの
したがって、定期的に支給され、しかもその支給額が確定しているものは、労働基準法上の賞与とはみなされません。
年俸制の労働者にあらかじめ決まった金額を賞与として支給しているのであれば、その賞与額は割増賃金の基礎に含めなければいけないのです。
就業規則の不利益変更が認められるための要件
年俸制の導入により労働者にとって労働条件が悪くなる場合は、就業規則の不利益変更の問題が発生します。
下記の7項目を総合的に考慮して就業規則の変更の合理性を判断されます。
第四銀行事件判決(最高裁判所第二小法廷 平9年2月28日)を参考に作成
①就業規則変更によって労働者が被る不利益の程度
②使用者側の変更の必要性の内容・程度
③変更後の就業規則の内容自体の相当性
④代償措置その他関連する労働条件の改善状況
⑤労働組合等との交渉の経緯
⑥他の労働組合や従業員の対応
⑦同種事項におけるわが国社会における一般的状況等
なお不利益変更に労働者が合意した場合は、変更の合理性は問われないというのが一般的な考え方です。
しかしその際には、押印などの形式的な労働者の同意だけでは足りません。
不利益の内容や程度、同意に至るまでの経緯や態様、同意を得る前に使用者が十分な情報提供と説明を行っているか等が考慮されなければならないとされています(山梨県信用組合事件 最高裁判所第二小法廷 平成28年2月19日)。