新型コロナウイルスによる経営難で、従業員の給与減額を検討しています。就業規則には、給与減額があり得ることを明記しています。気をつける点があれば教えてください。

回答

給与は労働者にとって重要な労働条件の一つであるため、会社が一方的に減額することはできません。

まずは、公的機関が用意する助成金のチェックをお勧めします。
事業主向け助成金利用を検討することはもちろん、個人向けのものについても従業員に情報提供することができます。

生活を支えるための支援のご案内(厚生労働省) 

個人向けの給付金が中心ですが、社会保険料等の納付猶予なども記載されています。

上記のような助成金を利用しても、給与減額せずには経営が苦しいという前提で、解説していきます。

今回のケースで減額が可能となりうる方法は下記3つです。

①ひとりひとりの労働者と給与減額について個別に合意する。
 双方合意の上で契約内容が変更されることは労働契約法で認められています。

労働契約法第8条(労働契約の内容の変更)
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

②就業規則あるいは賃金規程を不利益変更することで、間接的に減給を行う。
 労働契約法第10条の通り、変更後の就業規則が労働者に周知され、かつ変更自体が合理的であることが必要です。

労働契約法第9条(就業規則による労働契約の内容の変更) 
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法第10条 
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

③業績給などの名目で支払われている給与を減額する。
 会社の業績によって増減することが、就業規則等で明記されていることが必要です。

上記いずれにしても誠実で丁寧な対応が求められます。
不誠実・不透明な形で減額が行われれば、訴訟にまで発展するリスクがあるだけでなく、従業員の離職といったことも生じ得ます。

下記解説では、上記3つの方法について詳しく解説します。

今回のケースは、職務の変更や懲戒処分に伴う給与減額と関連しないため、下記解説では扱いません。

解説

①ひとりひとりの労働者と給与減額について個別に合意する。

この方法で訴訟にまで発展した場合、労働者の同意が本当に自由な意思に基づいてなされたものかどうかがポイントになります。

労働契約の変更に関する同意書等に、労働者の署名・捺印があるだけでは不十分であると判例も述べています。

労働者は、使用者の指揮命令下にあり、情報収集能力にも限界があることから、下記のようにさまざまな観点から同意の状況が考察されます。

「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」

山梨県民信用組合事件 最判 2016年2月19日

したがって、この方法によるのであれば、丁寧に説明を尽くして、労働者の同意を得るまでの過程を記録しておくことが最低限必要でしょう。

②就業規則あるいは賃金規程を不利益変更することで、間接的に給与減額を行う。

就業規則不利益変更の3つのポイント

この方法では、以下の通り3つのポイントをクリアする必要があります。

  1. 就業規則あるいは賃金規程の効力が認められるように、労働基準監督署への届出や従業員への周知が適切に行われている。
    また変更後の就業規則も適切に周知されている。
  2. 就業規則あるいは賃金規程において、賃金減額の根拠規定が記載されている。
  3. 就業規則の不利益変更自体が、社会通念上合理的なものである。

1.就業規則の作成・変更時の労働基準監督署への届出や従業員への周知方法

就業規則の作成・変更時における規定は下記の通りです。

労働基準法第89条(作成及び届出の義務) 
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。
次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
1 省略
2 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
3〜10 省略

第90条(作成の手続) 
①使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。

就業規則本文に、賃金規程に詳細を委任する旨を記載することも多いでしょう。
その場合も、就業規則と同様に労働基準監督署に届け出る必要があります。

会社が人事制度に関する説明資料を根拠に給与減額の正当性を主張した事件では、説明資料は就業規則ではないと判断されました。
この説明資料は労働基準監督署への届出がされていなかったのです(Chubb損害保険事件 東京地判 2017年5月31日)。

したがって、給与減額の根拠となりうる規定が必ず就業規則として認められるためには、規程周知と労働基準監督署への届出を怠らないことが必要です。

なお第90条にある通り、就業規則の作成または変更にあたっては、労働組合等の意見を聴取し、意見の書面添付が必要です。
しかし、同意までは必要とされていません。

2.就業規則や賃金規程における賃金減額の根拠規定はどのように記載すべきか?

昇給だけでなく賃金減額(降給)がありうることを明記する必要があります。

就業規則への規定例は下記の通りです。

第47条 (給与改定) 
1 給与改定(昇給・降給)は、毎年_月_日をもって行うものとする。
  ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。

2 特別に必要のある場合は、前項の規定にかかわらず給与改定を行うことがある。

3 給与改定額は、労働者の勤務成績と会社の経営状況等を考慮して各人ごとに決定する。

ただし、就業規則や賃金規程に給与減額について記載することは最低限やらなければいけないことであって、それさえ記載すれば良いというものでもありません。

下記判例では、給与減額の根拠をより明確することを求めています。

「使用者(会社)が、個々の労働者の同意を得ることなく賃金減額を実施した場合において、当該減額が就業規則上の賃金減額規定に基づくものと主張する場合、賃金請求権が、労働者にとって最も重要な労働契約上の権利であることにかんがみれば、当該賃金減額規定が、減額事由、減額方法、減額幅等の点において、基準としての一定の明確性を有するものでなければ、そもそも個別の賃金減額の根拠たり得ないものと解するのが相当である。

ユニデンホールディングス事件 東京地判 2016年7月20日

残念ながら、明確性を有するかどうかについて「ここまで記載されていれば大丈夫」というような基準はありません。
したがって、下記で述べる通り、就業規則の不利益変更が社会通念上合理的と認められる可能性を高めることが最も重要です。

3.社会通念上合理的な就業規則の不利益変更とは何か?

不利益変更の高度の必要性と内容の合理性が認められることが、この方法には必要です。

言い換えれば、経営難を前提に、給与減額を回避するために経営側が最大限努力し、かつ労働者側への丁寧な説明を行なうことが必要です。

これまでの判例によれば、下記事項が判断材料とされています。

  • 経営者自らが給与減額を行うなどの身を切る対応を行なったか?
  • 給与減額のための代償措置を講じたか?
  • 労働者の不利益はどの程度か?(給与減額の程度)
  • 会社の経営状態や経営環境(どれほど給与減額の必要性に迫られているか?不利益変更の必要性)
  • 会社と労働組合の交渉状況は適切に行われているか?
  • 個々の労働者への丁寧な説明が行われているか?
  • 変更後の就業規則の内容の相当性(給与減額が行き過ぎていないかどうか?)
  • 一部の労働者に不利益が集中していないか?

労働者への説明の際には口頭での丁寧な説明も行いつつ、説明過程記録を残したり、書面での明示といった方法を採用することが重要です。

なお給与減額幅については、給与水準ごとに対応を分けることも選択肢に入れた方が良いでしょう。
なぜなら「全労働者10%減額」といった一律の水準では、個々の労働者の生活への影響度も異なってくるからです。
給与水準が低い社員には慎重に対応し、経営者や幹部社員の給与から減額していくことが必要と考えます。

業績給などの名目で支払われている給与を減額する。

業績給などのように、業績に連動することがあらかじめ会社も労働者もわかっているものは、比較的給与減額しやすいでしょう。
ただし、それでも安易な減額は労働者の反発を招く可能性が非常に高いため、減額の根拠について丁寧に説明することが必要です。
また、経営者らの給与減額を率先していくことが必要でしょう。

参考判例

第四銀行事件 最一小判 平成12年9月7日

行員の高齢化や経営の低迷を背景に、労働者の4分の3以上を組織する労働組合の賛成の下で、賃金体系の見直し(就業規則の変更)が実施されました。
これは、多数の行員の労働条件の改善を図るものでした。
しかし55歳以上の行員は約30〜50%給与減額となるなど、一部の行員にとって不利益の程度が大きいものでした。
給与減額となった55歳以上の行員らが、就業規則変更が自身らに適用されないことを前提に、未払賃金等を請求した事件。
第一審、第二審とも就業規則変更は適法であると判断しました。

最高裁判決では、賃金体系の見直しの必要性を認めつつも、下記の点を考慮して、賃金減額に関する第二審の判断を棄却しました。
つまり、第一審と第二審と反対に、賃金減額についての行員側の主張が認められたのです。

  • 特定の層の行員の不利益の程度が非常に大きく、不利益を緩和する代償措置もとられていない。
  • 特定の層の行員の不利益の程度を考慮すれば、労働組合の賛成という事実は考慮要素と評価すべきでない。

その他の給与減額に関する判例について、下記サイトで解説されています。

【賃金】賃金の決定・変更、査定 (独立行政法人 労働政策研究・研修機構ウェブサイト)

関連就業規則解説

第6章 賃金 第47条 昇給 *厚生労働省のモデル就業規則に則り「昇給」としていますが、名称は「給与改定」を推奨します。

第8章 退職金 第53条 退職金の額 *退職金の減額認められた判例が参考になります。