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回答
不注意の程度にもよりますが、業務遂行中の事故であれば、全額の賠償は難しいでしょう。
この問題における重要な考え方は下記の2つです。
- 労働者には、労働契約を遵守し、信義に従い誠実に労務を提供する義務がある(労働契約法第3条)。
契約義務違反には、民法の債務不履行(民法第415・416条)に基づいて損害賠償請求できる。
さらに、労働者の行為が不法行為にあたるとなれば、民法の不法行為(民法第709条)に基づいて損害賠償できる。 - 労働者の業務遂行に関連する損害に対しては、会社も一定程度責任が生じ、賠償額は制限される。
(理由:会社は労働者を使用することで収益をあげている。そのため、労働者の業務ミスというリスクだけを免れることは不公平である。)
この考え方は、責任制限法理として判例で確立されています。
上記2つの相反する考え方により、労働者に対し損害賠償請求すること自体は認められているものの、その賠償額は労働者側・使用者側の様々な事情を考慮して決まることになります。
労働者の軽い過失が原因であれば、損害賠償請求自体が認められない可能性は十分にあります。
また、事業主にとっては、損害発生の防止に向けた努力がなされていたかどうかも、賠償の可否ないしは賠償額の決定において重要です。
今回のケースで言えば、対物賠償責任保険や車両保険に加入するといった対策がとられているかどうかも、重要なポイントであるということになります。
解説
従業員に賠償請求できる金額はどのように決まるのか?
会社に損害を与える労働者の行為が、故意か過失かというのは重要なポイントです。
ただし、故意か過失かだけで妥当な賠償額は決まりません。
責任制限法理により、下記事項が考慮されて損害賠償額の妥当な金額は決まります。
- 事業の性格・規模
- 施設の状況
- 労働者の業務の内容
- 労働条件
- 勤務態度
- 加害行為があった場合の態様・予防・損害の分散についての使用者の配慮の程度
*事業主にとって非常に重要です。 - その他諸般の事情
労働者に対する損害賠償をめぐる判例について、独立行政法人労働政策研究・研修機構が解説しています。
とてもわかりやすく、上記の考慮すべき事項の具体的なイメージも湧きやすくなるでしょう。
特に「茨石事件 最一小判 昭51年7月8日」の解説は、読んでおいた方が良いでしょう。
「労働者の損害賠償責任とその制限」https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/65.html
会社側からは損害賠償請求と給与の相殺は出来ない
労働基準法第17条(前借金相殺の禁止)
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
労働基準法第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。・・・
労働基準法第17条で規定する前借金と損害賠償は異なります。
しかし、判例では、会社側からの損害賠償額と給与の相殺も禁止されるとしています。
理由は、労働者の生活を守ることを趣旨とした賃金全額払いの原則(労働基準法第24条)からすれば、前借金と損害賠償額に違いはないためです。
なお労働基準法では、使用者側からの相殺が禁止されているだけで、労働者からの希望あるいは労働者の承諾があれば相殺は可能です。
労働契約や就業規則等であらかじめ賠償額を定めることは禁止されている
労働基準法第16条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
上記の通り、労働契約や就業規則等であらかじめ賠償額を定めることは禁止されています。
理由は、賠償額を予定してしまうと、労働者の働くことに対する自由意志を拘束し、使用者に対し隷属的立場に置かれ続けることになるためです。
ただし、この条文はあらかじめ賠償額を定めることを禁止するだけで、実際に発生した損害に対し労働者に賠償請求すること自体を禁止していません。
損害賠償の種類 〜債務不履行と不法行為〜
責任制限法理の下でも、労働者に損害賠償ができるケースもあるでしょう。
例えば横領や背任などの悪質な不正行為であり、責任制限法理が適用される可能性も低くなります。
この場合、事業主は、労働者の債務不履行責任(民法第415・416条)と不法行為責任(民法第709条)のどちらかに基づいて、労働者に損害賠償請求できます。
どちらの賠償請求も、被害者の救済を目的としている点は同じですが、下記が異なります。
- 債務不履行
労働契約などの契約が結ばれた当事者間で、一方が債務(契約上やらなければいけないこと)の履行を行わないことを指します。
労働者への損害賠償請求が裁判上の争いになった場合、債務者(労働者)が債務不履行がなかったことを立証しなければいけません。
- 不法行為
契約の有無に関係なく、当事者の一方が故意や過失によって、相手に損害を発生させることです。
労働者への損害賠償請求が裁判上の争いになった場合、事業主が労働者の不法行為を立証しなければいけません。