第2章 人事 第8条 人事異動

人事異動がありうる場合は、その旨を明示します

第8条 (人事異動)

1 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。

条文の目的・存在理由

会社が、労働者に対する転勤命令権や職種変更命令権を確保するために必要な条文となります。

広範囲に事業を展開している会社であれば、(勤務地や職種を限定しない)労働契約時にこれら権限を有しているという解釈も成り立ちます。しかし法解釈上の争いがあるだけでなく、転勤や職種変更が労働者に大きな負担あるいは嫌がられるケースも多々あります。
労働者とのトラブル防止のためにも、このように就業規則に明記すべきでしょう。

判例でも、具体的な出向命令時における労働者の個別同意なく転勤命令を行える条件として、下記を挙げています。

①就業規則に転勤含む配転命令があることが明記されている
②勤務地限定の合意がないこと

なお似たような用語として下記のようなものがあります。

出張・・・一時的な勤務場所の変更
職場・配置換え・・・労働条件が変わらない同敷地内の勤務場所あるいは同部門内の担務の変更

転勤と職種変更はそれぞれ勤務地と労働条件を長期にわたって変更するものです。
一方で出張や職場・配置換えは、当初結んだ労働契約から大きく変わるものではありません。
そのため会社は労務指揮権の範囲内で、これら出張や職場・配置換えを命じることができます。
転勤に関しては厚生労働省で「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」が公表されています。 

「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000158686.html

リスク① 解雇権の濫用について

一度採用すると解雇が難しいのが日本の雇用慣行です。

一方で、解雇による人員調整等が難しい日本の会社には、転勤命令や職種変更命令などの権限が広く認められています。
これは、柔軟な経営や長期雇用保障のために認められています。

しかし、その権限行使は無制限ではありません。育児介護休業法では、会社は労働者の育児・介護状況に配慮することを求めています(育児介護休業法26条)。解雇権の濫用に該当する場合として判例では下記の事項を挙げています。

① 業務上の必要が無い場合
② 業務上の必要性がある場合であっても,当該配転命令が不当な動機・目的によるものである場
③ 社員の被る不利益が通常甘受すべき程度を著しく超える場合

リスク② 業務の引き継ぎについて

意に反する人事異動や昇進・降格を伴う人事異動の際など、業務の引き継ぎがおざなりに行われるケースが多々あります。引継ぎをしっかり行うことは、社会人としての当然のマナーとしてみる向きもありますが、様々な労働者がいることを考慮すると就業規則に明記した方がよいでしょう。

リスク③ 出向の取り扱いについて

上記就業規則モデル条文では在籍出向のみに言及していますが、出向には在籍出向と転籍出向の2種類があります。

在籍出向の場合

出向先での賃金などの労働条件が、労働契約締結時と異なることが多々あります。そのため出向先での労働条件や出向期間などを詳しく明記し、労使双方の認識の共有に努めることが必要です。なお在籍出向について判例では、特段の事情がないことを前提に、
①就業規則や労働協約上の根拠規定
②採用時における労働者の同意
を必要としていますが、当該出向命令自体に対する個別的同意までは要しないと述べています。

転籍出向の場合

現在就業している会社との労働契約が終了するため、就業規則に基づく業務命令として行うことはできません。そのため就業規則に転籍出向の詳細を定めることはできず、労働者の合意が必ず必要となります。就業規則では転籍出向があり得ることを示すことができるだけです。

改善案

第8条 (人事異動)

1 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して転勤及び従事する職種の変更を命ずることがある。
2 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
3 従業員が本条1項に基づき現職場を離れる場合は、業務の引継ぎを完了しなければならない。

1項について

労務指揮権の範囲内として当然認められるべき出張や同じ敷地内の職場・配置換えと、転勤・職種変更を明確に区別するためこのように表記しています。

(出向)
第〇〇条
1 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
2 出向の期間は3年以内とする、ただし業務の必要性に応じ、左記期間を2年間の範囲内で延長することができる。
3 出向先での労働条件については、出向元での条件と原則同一とする。これを下回る場合は、会社はその解消に努める。
4 出向先から復帰する場合は、出向前の業務に復帰することを原則とする。
5 従業員は正当な理由なく本条の命令を拒否することはできない。
6 従業員が本条1項に基づき現職場を離れる場合は、業務の引継ぎを完了しなければならない。

参考判例

東日本旅客鉄道事件 東京地判 平成29年10月10日

事件概要

グループ会社への業務委託に伴う出向命令を受けた労働者らが、当該出向命令が、

①復帰を前提としない実質的な転籍であるにも関わらず従業員らの個別的同意と労働協約の根拠がないため無効である
②業務上の必要性と人選の相当性を欠いており、従業員らに相当な不利益を与えるため権利濫用である

と訴え、出向先での就労義務がないことの確認を求めた事件。判決では、当該出向は権利濫用には当たらないとして、出向命令は有効とされた。

就業規則との関係において

①について
判例では、労働者の籍が出向前の会社にあったことと、出向を命ぜられた労働者の中には出向前の会社に復帰した者がいたことを理由に、転籍出向ではなく在籍出向であるとされました。その上で下記のように判例では述べています。(太字は筆者による)

『企業間の人事異動である出向は、労務提供の相手方が変更されることからして、特段の事情のない限り、就業規則ないし労働協約上の根拠規定や採用時における労働者の同意を要するものと解されるが、必ずしも出向時における個別的同意までは要しないと解するのが相当である。』

②について
判例では、下記のように述べています。(太字は筆者による)

「当該出向命令の目的の合理性、必要性、出向措置の対象となる者の人選基準の合理性具体的人選の相当性出向中の社員の地位、賃金、退職 金その他処遇等に係る著しい不利益の有無及びその程度当該出向命令発令に至る手続の相当性等の諸事情を考慮して、当該出向命令の発令が権利の濫用に該当する場合には、当該出向命令は無効になるものと解される」

その上で、
上記項目を本事件に当てはめて検討した結果、出向命令の目的も合理的な経営判断に基づくもので合理的である。
さらに人選基準と具体的人選も問題なく、出向命令に伴う原告の不利益の程度は、通常の異動に伴う甘受すべき程度を超えず、手続の相当性も問題ない。と判断しました。

代表者

貴社の就業規則は望んだ通りの効果を発揮していますか?

就業規則診断士協会は、
経営者の傘(ビジョン・ミッション)に入る従業員と経営者を守る
という立場を明確にしております。

就業規則診断士協会のサービスをご利用いただくことで、下記の効果が得られます。

①経営者のビジョン・ミッションを言語化して就業規則に記載することで、経営と人事労務の判断軸ができ、行動が加速します

②就業規則の条文にキャッシュフローの視点が入ることで、持続可能な人事制度の基盤を得られます

③経営者とスタッフの、お金に関する危機感のズレを縮めます

④就業規則診断士ならではの就業規則の考え方と、それによる就業規則の提案を受けられます

くわしくは 「就業規則診断士協会を活用したい経営者の方へ」

ぜひお気軽にお問い合わせください。

一般社団法人 日本就業規則診断士協会 
代表理事 寺田 達也