職場ハラスメント対策〜第2回パワーハラスメント

power harassment

近年、パワーハラスメントが原因で自ら命を絶ってしまう事件が、度々ニュースで取り上げられます。
パワーハラスメントは決して許されない行為ですが、「職場におけるパワーハラスメントと適切な指導の区別が難しい」という声があるのも事実です。
後で紹介するように、判例においても、パワハラに該当するか否かは様々な観点から総合的に判断すると述べています。
そういうわけで、今回の記事では、職場におけるパワーハラスメントと適切な指導との区別を中心に解説していきます。

Contents

1 職場におけるパワーハラスメントに関する基礎知識(第1回のおさらい)

定義

この職場におけるパワーハラスメントの定義は、労働施策総合推進法第30条の2(雇用管理上の措置等)に明記されています。

職場において行われる

  1. 優越的な関係を背景とした言動であって、
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
  3. 労働者の就業環境が害されるものであり、

1から3までの3つの要素を全て満たすものをいいます。

用語解説

職場とは・・・

文字通り労働者が業務を遂行する場所です。出張先なども当然含まれます。
また業務時間外の宴会の場や、社員寮や通勤中などであっても、実質上職務の延長と考えられるものは「職場」に該当するとされています。
その判断については、職務との関連性、参加者、参加や対応が強制的か任意かといったことを考慮して、個別に行われます。

労働者とは・・・

雇用形態に関係なく、事業主が雇用する全ての労働者を指します。
なお派遣労働者については、派遣元のみならず、派遣先も、自ら雇用する労働者と同様の措置を講ずる必要があります。

「優越的な関係を背景とした」言動とは

パワハラを受ける労働者(被害者)が、パワハラを行う者(加害者)に対して、抵抗や拒絶することが難しい関係において行われるものを指します。
これは上司と部下の関係だけでなく、同僚間でも生じ得ます。

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは

社会通念(常識)に照らし、言動が明らかに業務上必要性がない、または叱責等の仕方(手段)が相当でないものです。
この判断が、パワハラの認定において最も難しいといえます。
厚生労働省監修の「あかるい職場応援団」というサイトでは、次のように述べています。

この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況(※)、行為者の関係性等)を総合的に考慮することが適当です。

その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要です。なお、労働者に問題行動があった場合であっても、人格を否定するような言動など業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされれば、当然、職場におけるパワーハラスメントに当たり得ます。

※「属性」・・・・・(例)経験年数や年齢、障害がある、外国人である 等
 「心身の状況」・・(例)精神的又は身体的な状況や疾患の有無 等

あかるい職場応援団 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/definition/about

「就業環境が害される」とは

労働者が、業務遂行に支障が生じるほどの身体的又は精神的に苦痛を与えられることです。
苦痛の有無の判断に当たっては、平均的な労働者の感じ方を基準に考えます。
言動の頻度や継続性は考慮されますが、強い身体的又は精神的苦痛を与えるような行為であれば、たとえ1回でも就業環境を害すると判断されます。

パワーハラスメント6類型

厚生労働省「あかるい職場応援団」ハラスメント説明パンフレット https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/files/uploads/pawahara_panflet_jigyounushi_2019.pdf

パワーハラスメント対策として事業主が義務付けられていること

パワハラ防止を義務付ける関連法(改正労働施策総合推進法)により、事業主が講じなければいけないハラスメント対策について、次のように法整備がなされています。

職場におけるパワーハラスメント対策は、次の4つに分かれます。

事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
① 職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること
② 行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発すること

相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
④ 相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること

◆ 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
⑤事実関係を迅速かつ正確に確認すること
⑥ 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと(注1)
⑦ 事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと(注1)
⑧ 再発防止に向けた措置を講ずること(注2)
(注1)事実確認ができた場合 (注2) 事実確認ができなかった場合も同様

◆ そのほか併せて講ずべき措置
⑨ 相談者・行為者等のプライバシー(注3)を保護するために必要な措置を講じ、その旨労働者に周知すること
(注3) 性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含む
⑩ 相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

(簡易版)リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」 より引用

2 パワーハラスメント被害が起きると、事業主はどのような法的責任を負うのか?

次の4つの責任が生じる可能性があります。

  1. 事業主の安全配慮義務違反による損害賠償責任:安全配慮義務を履行しなかったという契約違反(債務不履行)としての損害賠償
  2. 使用者責任による企業の損害賠償:不法行為を行なった労働者を使用した責任としての損害賠償
  3. 労働者災害補償責任:実際は労働者災害保険から支払われることになりますが、労災認定されること自体が会社の社会的評判の低下に繋がります。
  4. 役員の損害賠償責任:会社法第423条と第429条の適用を受ける場合に、株式会社や従業員に損害賠償責任が生じる可能性があります。

事業主の安全配慮義務違反による損害賠償責任

事業主と労働者の間で結ばれる労働契約では、事業主は労働者に対し安全配慮義務を負っています。

労働契約法 第5条(労働者の安全への配慮) 
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

この安全配慮義務は、労働契約や就業規則に根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に生じます。
したがって、事業主は、労働者が身体的・精神的な被害を受けることなく、快適に業務遂行できるような環境を整える義務があります。

なお、この安全配慮義務は、労働安全衛生法を守っているだけで完全に履行されるものではありません。
労働安全衛生法は守るべき最低限のものに過ぎず、事業主はそれより広い安全配慮義務を負っているのです。
つまり、事業主が労働契約上の安全配慮義務を怠って労働災害を発生させた場合、労働安全衛生法上の刑事責任は免れたとしても、債務不履行として損害賠償義務は生じ得ます(民法第415条)。

使用者責任による企業の損害賠償責任

事業主自身が直接職場におけるパワーハラスメントを行なった場合は、その企業自体が不法行為責任(民法)を負います。
一方で、職場におけるパワーハラスメントの加害者と被害者が、双方とも自社の労働者である場合も多いでしょう。
その場合においては、使用者責任(民法第715条1項)による損害賠償責任を負うことになります。
実際に加害行為を行なった労働者と会社の責任は次の通りです。

  • 加害行為を行なった労働者:不法行為責任(民法第709条)
  • 会社:使用者責任(民法第715条)

事業主が、加害労働者の選任や監督に相当の注意を支払っていると認められれば、この使用者責任に基づく損害賠償責任は免責されます(民法第715条但書)。
しかし実際の裁判例では、そのように事業主が免責されることはまずありません。

労働者災害補償責任

労働基準法第75条〜80条に労働者災害補償責任について規定されています。
しかし実際は、パワーハラスメントによる疾病やケガが労災と認定されれば、治療費などは労災保険から支払われることになります。
なお職場でのパワーハラスメントによって労働者災害補償責任が発生するケースは、身体的な攻撃によるケガよりも、精神的な攻撃によるうつ病や自殺などが多くなっています。
うつ病などの精神障害による労災補償の請求件数は年々増加しており、労災認定がされやすくなってきています。

役員の損害賠償責任

会社法第423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)によれば、株式会社における役員が、職場におけるパワーハラスメントを放置し会社に損害を与えたときは、任務懈怠として株式会社に損害賠償責任を負うことになります。

また会社法第429条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)によれば、役員が職務遂行において、故意または重過失によって労働者に損害を与えた場合も、当該労働者に対し損害賠償責任を負います。

3 パワーハラスメントと必要な業務指導の区別について

職場におけるパワーハラスメント行為は、業務上必要な指導の行き過ぎで行われることも多いでしょう。
業務における法令違反などの行為に対し、場合によっては強い口調での叱責も許される必要があると思います。
ここでは、パワハラの6類型についてひとつひとつ、見ていきましょう。

身体的攻撃

身体的攻撃は、些細なものもアウト!

このように考えておくのが最善です。
なぜなら、労働者を指導するのに身体的攻撃が必要となる場面は、想定できないからです。

精神的攻撃

精神的攻撃の動機が、指導目的ではなく、いじめやいらがらせ目的である場合は、当然パワーハラスメントに該当します。
したがって、業務と関係ない悪口やからかいは、パワーハラスメントに該当すると考えて間違いありません。

難しいのは、業務指導の要素が含まれている場合です。
全く同じ発言でも、状況によってパワーハラスメントになる場合とならない場合があることが、判例を見てもわかります。
例えば下記判例では、強い口調の叱責であっても、その叱責の要因が法令違反や社内ルール違反によるものであれば、パワーハラスメントに該当しないとされたものもあります。

下記はパワーハラスメントに該当するとされた事案とされていない事案です。
*厚生労働省監修の「あかるい職場応援団」の判例紹介にリンクを貼っています。

パワーハラスメントに該当するとされた事案

亀戸労基署長事件 東京地判:平20年5月19日 東京地判:平20年11月12日
被害労働者の長時間に及ぶ時間外労働に加えて、執拗に、また長時間立たせられたまま叱責を受けたことなどが考慮されました。
その結果、労働者の出血性脳梗塞に業務起因性を認めた事案。

パワーハラスメントに該当しないとされた事案

前田道路事件 松山地判:平成20年7月1日 高松高判:平成21年4月23日 
不正経理を行なっていた部下が、上司から是正命令を受けた後も1年近く放置していました。
そのため上司が強い口調で叱責を繰り返し、その後当該部下が自殺した事案。

過少な要求

正当でない目的で、労働者の本来の能力や経験に著しく見合わない職務を担当させることが、過小な要求に該当し、違法となります。
主に、労働者の仕事に対するやる気を低下させて、自主的な退職に追い込むために行われることがあります。

一方で、経営上の必要から、会社側には人事権の行使について一定程度裁量が認められています。
ただその裁量も、無制限ではなく、正当な目的がないものは違法とされるのです。

なお、以下のようなものは、正当な目的に基づくものであり、違法ではありません。

  • うつ病等により休職していた労働者が徐々に職場に復帰するために軽易な業務から取り組ませる。
  • 妊産婦の身体を気遣い、軽易な業務を行わせる。
  • 労働者の客観的な能力不足のために、降格処分をしたり、業務担当を外す。

過大な要求

「過大な要求」とは、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害を指します。
この「過大な要求」に該当するか否かを判断するにあたり、次の2点をポイントに考える必要があります。

  1. 業務自体が、肉体的に過酷であったり、無意味なものであるか?(例:炎天下での長時間に及ぶ清掃指示など)
  2. 労働者の属性(業務の経験年数など)や心身の状況(メンタルヘルス疾患による休職後の職場復帰時など)

要するに個々の労働者の事情も考慮されるということです。
平均的な能力や経験を有するものにとっては、容易な業務であっても、新入社員や心身が良好でない状態にある労働者にとってはそうでないこともあります。

下記は、「過大な要求」によるパワーハラスメントが認定された事案です。
*厚生労働省監修の「あかるい職場応援団」の判例紹介にリンクを貼っています。

公立中学校における損害賠償請求事件 鹿児島地判 平成26年3月12日
精神疾患を有する市立中学の教員が、精神疾患が増悪し、当該教職員が自殺しました。
その原因は、校長や教育委員会等がパワーハラスメントを行ったことにあるとし、県及び市に対し、遺族が損害賠償を求めた事案。
精神疾患による病気休暇明け直後の教員が、過重な業務量を命じられていました。
パワーハラスメントと、精神疾患の増悪と自殺との因果関係が認められ、県や市は損害賠償を命ぜられました。

人間関係からの切り離し

「人間関係からの切り離し」の具体例は、自主的な退職に追い込むために別室で一人作業をさせたり、内部告発に対する報復措置として職場全体で孤立させたりする行為です。

新入職員研修のためや、懲戒処分を受けた労働者への個別研修など正当な目的で行われる行為は、「人間関係からの切り離し」に該当しません。

下記は、「人間関係からの切り離し」によるパワーハラスメントが認定された事案です。
*厚生労働省監修の「あかるい職場応援団」の判例紹介にリンクを貼っています。

美研事件 東京地判 平成20年11月11日
会社の営業方法に疑問を訴えていた労働者に対し、罵倒だけでなく、当該労働者を仲間はずれにするようなイジメなどがなされた事案

松蔭学園事件 東京地裁判 平成4年6月11日 東京高裁判 平成5年11月12日
被害を受けた教員は、教師としての適格性を欠く言動や業務命令違反を理由に、授業や担任等の仕事から外されました。
また職員室内での隔離、4年6ヶ月に及ぶ別室隔離、5年以上に及んだ自宅研修等の命令、一時金の不支給・賃金据置まで行われました。
その結果、当該教員は、学校法人の不法行為などを理由に損害賠償を請求しました。
学校法人は高裁判決において600万円の損害賠償義務を負った事案。

個の生活領域への立ち入り

かつては、会社に所属する者は、家族同然であるかのように扱われ、公私の区別なく労働者個人の情報が筒抜けだった時代もありました。
しかし近年、終身雇用制が当たり前でなくなりつつあり、プライバシー概念も人々に浸透し、そのような時代も過ぎ去っています。

一方で会社は、労働者に対する安全配慮義務を果たす上で、本人の健康情報や家族情報を知る必要が出てくることもあります。
例えば調子が悪そうな労働者に、「何かあったの?」と声をかけることは、管理職であればメンタルヘルスマネジメント上必要とされる行為です。

グレーゾーンは確かにありますが、個の生活領域への立ち入る際には、次の2点を自問することをおすすめします。

  • 正当な目的や動機に基づいてなされているか?
  • 業務上、他従業員や他部署等と情報共有する必要があるのであれば、原則として本人に了承を得ているか?(労働者に持病がある場合など)

なお「個の生活領域への立ち入り」となりうる行為の具体例として、下記が挙げられます。

  • 勤務時間外に、無理矢理飲み会などに参加させる。
  • 労働者の性的指向や性自認を尋ねる。*セクハラあるいはSOGIハラに当たるとも言えます。
  • 労働者のプライバシーに関することを、本人の了承を得ずに暴露する。

4 パワーハラスメントに関する判例について

上記職場におけるパワーハラスメント6類型において、いくつか判例を取り上げました。
他にも研修等で有用であろう判例がいくつもあります。
ぜひ活用してみてください。

あかるい職場応援団
ハラスメントに関する裁判例を検索し閲覧ことができます。
上記6類型別に検索することはもちろん、パワハラと認められなかったケースなど、計14の切り口から裁判例を抽出することができます。

関連就業規則解説

第3章 服務規律 第12条 職場のパワーハラスメントの禁止

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