常時使用する労働者には、雇入時健康診断と定期健康診断を実施しなければいけません
第59条 (健康診断)
1 労働者に対しては、採用の際及び毎年1回(深夜労働に従事する者は6か月ごとに1回)、定期に健康診断を行う。
2 前項の健康診断のほか、法令で定められた有害業務に従事する労働者に対しては、特別の項目についての健康診断を行う。
3 第1項及び前項の健康診断の結果必要と認めるときは、一定期間の就業禁止、労働時間の短縮、配置転換その他健康保持上必要な措置を命ずることがある。
条文の目的・存在理由
「健康診断」は、安全衛生の項目に分類され、就業規則の相対的必要記載事項です。
健康診断の定めがある場合のみ記載は必須ですが、ほとんどの企業に健康診断実施義務があるため、実務上は記載が必須でしょう。
なお健康診断に関する分類、一般健康診断の各概要は下記の通りです。
健康診断の分類
一般健康診断の種類、対象となる労働者、実施時期
一般健康診断の注意点
・雇入時の健康診断と定期健康診断の実施が義務付けられている「常時使用する労働者」には、
1週間の所定労働時間が、当該事業場の同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間の4分の3以上
という条件を満たすパート労働者も含まれます。
・一般健康診断結果は、労働者に通知することが会社に義務づけられています。(労働安全衛生法第66条の6)
・「医師による健康診断を受けた後、3月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については(労働安全衛生法規則43条)」、省略することができます。
・一般健康診断後の再検査や精密検査を労働者に受けさせる義務は、会社にはありません。
・会社の指定する医師または歯科医師による健康診断を受診する代わりに、労働者自身が選択した医師または歯科医師による健康診断結果を証明する書面を、会社に提出するという方法でも問題ありません。(労働安全衛生法第66条第5項)
・会社は、労働者に健康診断を受診させるだけでなく、健康診断個人票を作成し、診断結果を5年間保存しなければいけません。(労働安全衛生法規則51条)
*特殊健康診断のうち一部の業務に従事する者については、7年、30年もしくは40年間の保存が義務付けられているものもあります。
・2019年4月1日施行の改正労働安全衛生法104条では、労働者の心身の情報についての適正な管理を、事業主に義務づけています。
そして厚生労働省は、下記手引きにおいて詳細に指針を示しています。
『事業場における労働者の健康情報等の 取扱規程を策定するための手引 取扱規程を策定するための手引き』https://www.mhlw.go.jp/content/000497437.pdf
・一般健康診断は労働時間として扱う義務はありません(特殊健康診断は、労働時間として扱わなければいけません)。
・健康診断の結果、異常の所見があると診断された労働者については、医師もしくは歯科医師の意見を聴かなければいけません(労働安全衛生法第66条の4)。
さらに、「医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して(労働安全衛生法第66条の5)」、就業場所の変更や作業の転換などの措置を講じる必要があります(モデル条文第3項)
・「常時50人以上の労働者を使用する事業者は、第44条、第45条又は第48条の健康診断(定期のものに限る。)を行なったときは、遅滞なく、定期健康診断結果報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない」(労働安全衛生法規則第52条)
リスク① 労働者が健康診断の受診を拒否した場合の対応について
労働安全衛生法第66条第5項では、労働者には健康診断を受診する義務を明示しています。
また、同条同項で労働者自身が選択した医師による健康診断を受診し、診断結果を会社に提出する方法も認めています。
したがってどちらの方法でも良いことを示しつつ、受診自体は義務であり、受診拒否は懲戒処分の対象とする旨を示しておく必要があります。
なぜなら、労働者の健康管理は、事業運営にとっても非常に重要なだけでなく、会社が安全配慮義務を果たす上でも欠かせない事項であるからです。
*ただし、受診を義務付けかつ取得できる情報は法定の項目に限られます。
リスク② 雇入時の健康診断費用の負担について
雇入時の健康診断費用以外の一般健康診断は、会社負担としなければいけません。
しかし、雇入時の健康診断費用については、負担義務者について法律上の規定はありません。
したがって負担をめぐってトラブルとならないように就業規則に明記しておいた方が良いでしょう。
改善案
第57条 (健康診断)
1 労働者に対しては、採用の際及び毎年1回(深夜労働に(その他労働安全衛生規則第13条第1項第2号で定める業務に)従事する者は6か月ごとに1回)、定期に健康診断を行う。なお採用の際及び毎年1回の健康診断にかかる費用は会社負担とする。
2 前項の健康診断のほか、法令で定められた有害業務に従事する労働者に対しては、特別の項目についての健康診断を行う。
3 労働者は、正当な理由なく前各項の健康診断を拒むことはできない。ただし、労働者が希望する場合は、労働者の選択する医師による健康診断を受診することができ、その際は健康診断結果を必ず会社に提出しなければならない。
4 正当な理由なく会社指定の健康診断受診を拒否し、かつ第3項に定める労働者自身が選択した医師による健康診断結果の提出を行わない場合は、懲戒処分とすることがある。
5 第1項及び前項の健康診断の結果必要と認めるときは、一定期間の就業禁止、労働時間の短縮、配置転換その他健康保持上必要な措置を命ずることがある。
*会社業務に、労働安全衛生規則第13条第1項第2号で定める業務がある場合は、上記 のように記載する必要があります。
参考判例
電電公社帯広局事件 最一小判 昭和61年3月13日
事件概要
労働者A(被上告人)は、電電公社(上告人)にて電話交換作業に従事しており頸肩腕症候群と診断されていた。
電電公社は、労働者Aに対し再三精密検査を受けるように命令した(口頭の指示の後、2度業務命令実施)。
しかし労働者Aは電電公社指定の病院が信頼できないとして受診を拒否した。そのため、電電公社は労働者Aを戒告処分とした。
その後、労働者Aが戒告処分の無効を訴え提訴した事件。
第一審、第二審では労働者側の主張が認められ勝訴となり、電電公社が上告しました。
*電電公社では、就業規則だけでなく健康管理規程をおき、労働者の安全衛生に関する事項を定めていました。
一方で電電公社では、頸肩腕症候群を3年以上罹患している労働者の割合が高止まりしていました。
そのため電電公社は検診を実施し、疾病の要因追及や療養指導による早期改善を図る旨の労働協約を結んでいました。
*当該案件に関して実施された労働組合と電電公社の団体交渉の場に、労働者Aは無断で立入をし10分間職場離脱したことも戒告事由とされました。
この離脱については、健康診断と関連性が低いため、解説は省略します。
就業規則との関係において
判決では電電公社の主張が認められ、受診命令は合理的で、戒告処分も有効とされました。
判決では、公社の就業規則と健康管理規程について下記のように述べています。太字は筆者による。
「就業規則及び健康管理規程によれば、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者(健康管理されるべき労働者のこと)は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、この内容は、職員が労働契約上その労働力の処分を会社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、職員の健康管理上の義務は、会社と職員との間の労働契約の内容となっているものというべきである」
上記のように就業規則と健康管理規程の内容が合理的であれば労働契約の内容になると述べた上で、下記理由により、戒告処分有効の判断を下しました。(判決引用文内の太字による「()」は筆者による)
・受診命令は、具体的な治療法まで従うように求めるものではなく、労働者自身が選択した医師による診療を受けることを制限していない。
したがって労働者個人の診療を受けることの自由や医師選択の自由を侵害していない。
→つまり命令は行き過ぎだものではないということを述べています。
・労働者Aは、電電公社との労働契約上、健康回復に努める義務があるだけでなく、健康回復に関する電電公社の指示に従う義務がある。
したがって、
「公社(電電公社)が被上告人(労働者A)の右疾病の治癒回復のため、頸肩腕症候群に関する総合精密検診を受けるようにとの指示をした場合、被上告人(労働者A)としては、右検診について被上告人(労働者A)の右疾病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、労働契約上右の指示に従う義務を負っているものというべきである。」
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