個人情報の厳密な管理は会社の義務です
第16条 (個人情報保護)
1 労働者は、会社及び取引先等に関する情報の管理に十分注意を払うとともに、自らの業務に関係のない情報を不当に取得してはならない。
2 労働者は、職場又は職種を異動あるいは退職するに際して、自らが管理していた会社及び取引先等に関するデータ・情報書類等を速やかに返却しなければならない。
条文の目的・存在理由
個人情報保護に関する条文を就業規則に記載することは、会社に義務付けられていません。
しかし個人情報保護法に関する法律が制定され、会社は個人情報を厳密に管理することが義務付けられています(義務を負うのは会社だけであり、労働者は対象となっていません)。
労働者が誤った方法で個人情報を取り扱えば、個人情報が流出したときに会社は大きな不利益を被ります。
法に義務付けられていなくとも、実務上必要な条文でしょう。
リスク①(個人情報ではない)営業秘密と個人情報の定義について
モデル条文では、(個人情報ではない)営業秘密と個人情報をまとめて、「会社及び取引先等に関する情報」としています。
しかし、両者とも流出等すれば会社に多大な悪影響を及ぼすことを考慮すると、それぞれ定義を明確にした上で条文に記すべきです。
なお不正競争防止法では、下記の3点を全て満たすものを営業秘密としています。
①秘密管理性(秘密として管理されていること)
②有用性(有用な営業上又は技術上の情報であること)
③非公知性(公然と知られていないこと)
リスク② 会社の業務外に使用する可能性
モデル条文では、会社や取引先に関する情報を不当に取得することのみを禁止しています。
しかし、不当に利用することも同時に禁止しなければいけません。
近年、労働者が個人情報や会社の機密情報を他に漏洩し、不当に個人的利益を得る事件も起きています。
リスク③ 退職後の情報の取り扱い
モデル条文では、物理的なデータや書類のみを退職時に返却することを求めています。
しかし在職中に知り得た営業秘密や個人情報については一切触れられていないため、当該情報の扱いについても明確にすべきでしょう。
その際、在職中に知り得た情報全てを秘密にしなければいけないとなると、労働者の職業選択の自由や営業の自由といった憲法上認められた権利を侵すことになります。
ノックスエンタテイメント事件の判例では、退職者にも秘密を求めることができる情報の要件として上記不正競争防止法の3要件を挙げています(この判決が出されるまでは、退職者にも秘密を求めることができる情報は、不正競争防止法の3要件を満たした情報よりも広いとされていました)。
改善案
第16条 (個人情報保護)
1 労働者は、会社及び取引先等に関する情報の管理に十分注意を払うとともに、自らの業務に関係のない情報を不当に取得してはならない。
2 労働者は、在職中だけでなく退職後であっても、職務上知り得た営業秘密や個人情報を、他者に漏らしたり、当会社業務以外に利用してはならない。なおここでいう営業秘密とは、会社が秘密として管理しており、営業上の有用性が認められ、公然とは知られていない情報をいう。また、個人情報とは特定の個人を識別することができる全ての情報をいい、詳しくは個人情報の保護に関する法律第2条で定められた情報をいう。
3 労働者は、職場又は職種を異動あるいは退職するに際して、自らが管理していた会社及び取引先等に関するデータ・情報書類等を速やかに返却しなければならない。
4 前1から3項に違反したものは懲戒処分の対象となるだけでなく、損害賠償を請求することもある。
営業秘密と個人情報の取り扱いは、会社にとって非常に重要なものです。
したがって会社の実情に合わせて丁寧に作成することをお勧めします。
その際、就業規則本文に全て盛り込まずに、別途「企業秘密保持規程」、「個人情報取扱規程」といった個別規程を設けて、それらに委任する条文のみを本文に記載することも可能です。
参考判例
秘密保持義務違反と秘密管理性が問われた事件 東京地判 平成29年10月25日
事件概要
会社A(原告)は、「会社Aの元従業員である被告が、会社Aの機密情報を利用して、他社に営業活動を行なったこと」は秘密保持義務違反であるとして、被告と被告が勤務する会社を提訴した事件。判決では会社Aの請求は棄却されました。
就業規則との関係において
元従業員は在職時に秘密保持に関する誓約書に署名押印していました。
しかし裁判所は下記理由で、秘密保持義務違反には当たらないと判断しました。
・A社の取扱商品に関する情報は、従業員全員が閲覧、複製できる状態にあった。
・(A社が営業秘密と主張する)情報が記載された資料が、会議等で配られる際にも、「社外秘」などの表示がされていなかった。
・上記2点の理由により、A社が営業秘密と主張する情報が、A社従業員が営業秘密であると明確に認識出来るように管理されていたとはいえない。
この判例のように、秘密と言える程度の管理がされていないとの理由でもって、営業秘密が認められないことが多くあります。
もちろん多くの裁判において、厳重な営業秘密管理が出来るかどうかについて、会社規模なども考慮されています。
この問題は、小規模な会社ほど、手間やコストとの関係で決して易しいものではありません。
しかし、他社に知られてはいけない重要な営業秘密がある場合には、労働者がそれを秘密と認識出来る程度の管理をすることが、会社を守る上で重要であると考えます。
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