昇給の実施有無については、会社に大きな裁量があります
第49条 (昇給)
1 昇給は、勤務成績その他が良好な労働者について、毎年_月_日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。2 顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず昇給を行うことがある。
3 昇給額は、労働者の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。
条文の目的・存在理由
「昇給」は就業規則の絶対的必要記載事項であり、記載は必須です。
一方で、昇給自体は、必ずしも行う必要はありません。昇給の実施有無について会社には大きな裁量があるからです。
ただし、就業規則に、一定の要件を満たした労働者には裁量の余地なく昇給させることが定められている場合があります。
例)前回の昇給時から1年経過し、うち3ケ月以上欠勤したことがない場合に昇給させる。
このような場合には、労働者が条件を満たしていないことを会社が立証しない限り、昇給させる義務を会社が負うとした判例もあります。(大阪暁明館事件 大阪地方裁判所 昭和59年7月18日)
なお下記リスクの項目で述べる通り、昇給に関するルールが記載されていれば良いので、名称は「給与改定」でも問題ありません。
給与改定が行われる3つのケース(懲戒処分や経営状況による減給を除く)
①給与等級や職能資格の変更によるもの
給与等級表の位置を変えるイメージです。上記モデル条文はこのパターンです。
②役職の変更などの結果によるもの
例)課長→係長
この場合の給与の変更は、会社人事権に基づく配置転換の結果と言えます。上記①と区別され、会社の裁量が認められやすくなっています。
この人事権について判例では下記のように述べています。
「使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合でない限り、違法とはならないものと解すべきである。しかし、この人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違法・不当な目的・態様をもってなされてはならないことはいうまでもなく、経営者に委ねられた右裁量判断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度等の諸点が考慮されるべきである」
バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地方裁判所判決 平7年12月4日
③各種手当の廃止などの結果によるもの
例)家族手当の廃止
支払いが義務付けられていない各種手当は、労働者への説明と労働者の同意があれば、廃止できます。
リスク 降給を行いづらくなる
「昇給」とだけ記載すると、労働者は、昇給はあっても降給はないと勘違いする可能性があります。
経営状況によっては労働者の雇用を守るために降給をしなければいけない事態があるかもしれません。
したがって、「昇給」という文言ではなく、「給与改定」という文言を用いた方が良いでしょう。
昇給だけでなく降給もあり得るということを労働者に周知できます。
ただし、降給があり得ることを就業規則に記載すれば、容易に降給ができるわけではありません。
降給は、労働条件の不利益変更に該当するため、合理的な理由が必要です。
さらに会社には、労働者への丁寧な事前説明や、労働者の弁明の機会を設けるなどの公正な手続が求められます。(参考判例参照)
改善案
第47条 (給与改定)
1 給与改定(昇給・降給)は、毎年_月_日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。2 特別に必要のある場合は、前項の規定にかかわらず給与改定を行うことがある。
3 給与改定額は、労働者の勤務成績と会社の経営状況等を考慮して各人ごとに決定する。
参考判例
エーシーニールセン・コーポレーション事件 東京地判 平成16年3月31日
事件概要
労働者A等(原告)が勤務する会社X(被告)は、平成11年8月に、別会社Yから事業の一部について営業譲渡された。
労働者Aらは、会社Yの労働者であったが、平成12年12月より会社Xに所属することとなった。
会社Xに新設された成果主義賃金制度が、労働者Aらにも適用された結果、労働者A等の賃金は降給となった。
労働者Aらは、減給された給与の支払いを求めて提訴した事件。
この事件のポイントは、下記の通りです。
①営業譲渡によって会社Yとの労働契約が、そのまま会社Xに引き継がれたのか?
②成果主義による基本給の降給が就業規則に定められているが、今回の事案については降給が適法か?
就業規則との関係において
上記①について
別会社Yと会社Xとの営業譲渡に関する契約には、労働契約を承継する規定はありませんでした。
むしろ会社Xは、会社Yと労働者らとの労働契約を承継しないことを明らかにしていました。
また、平成11年8月に営業譲渡が行われた時点では、労働者Aらと会社Yとの雇用契約が維持されており、サービス契約によって会社Xの業務を行っていました。さらに会社Xに結成された労働組合員として、労働者Aらは、会社Xに誓約書を提出することで、雇用継続の実現を求めていました。
これらの事実から、労働者Aらの労働契約は、誓約書提出によって、新しく個別に結ばれたと判断されました。
そして労働者Aらには、問題なく会社Xの就業規則が適用されることとなりました。
上記②について
判決では下記のように述べ、今回の降給を有効と判断しました。(太字は筆者による)
「労働契約の内容として、成果主義による基本給の降給が定められていても、使用者が恣意的に基本給の降給を決することが許されないのであり、降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に、降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続が存することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降給の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容されると解するのが相当である。」
そして今回の事案について判決では、下記のような検討がされました。
その結果、会社Xの成果主義による降給の仕組みには、合理性と公正さを認めることができ、降給が有効となりました。
・業務目標設定は上司が一方的に作成するのではなく、労働者との面談を通じて設定されるものである。
・期末の労働者の評価に当たり、労働者も自己評価をし、それはさらなる上位者や人事部門に報告される。
・上司の評価とその理由は労働者に告知される。労働者が自らの意見を述べて上司が評価の調整をすることが予定されている。
・上司の評価の結果は労働者に告知され、労働者が意見を述べることができる、従業員の自己評価も人事部門に報告されるという仕組がある。
・給与水準が高い労働者ほど、査定が厳しく降給になる可能性が高くなるが、多くの労働者が昇給できる仕組みになっている。
この仕組みが不合理であるとは言えない。
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