能力給の導入に伴い賃金制度の改定を検討しています。減額される従業員も出てきますが、注意点はありますか?

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回答

賃金制度の変更に伴う給与減額は、労働者にとって不利益変更となるため、原則として労働者自身の個別同意が必要です。
ただし、個別同意が得ることが難しい場合であっても、就業規則の変更に伴う労働条件の不利益変更の内容に、合理性があれば個別同意が不要となります(労働基準法第10条)。

その際に注意すべき点は、下記の通りです。

・給与減額の明確な根拠となる規定の内容が、必要かつ合理的なものでなければいけない。
・労働者にとって不利益変更に他ならないため、労働者への丁寧な説明などを入念に行う。
(詳しくは下記「就業規則の不利益変更が認められるための要件」解説をご覧ください)

この明確な根拠規定は、就業規則本文に書かれている必要はありません。
しかし別に設けられた給与規程等に記載があったとしても、その規程が就業規則の一部として労働者に認識され、かつ同様の取り扱いを受けている必要があります。

なお、給与制度改定が退職金の額に影響を与える場合も少なくありません。
退職金にも関連するのであれば、一層丁寧かつ慎重な対応が必要となるでしょう。

解説

関連法令

労働基準法第89条
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
1 省略
2  賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
3〜9 省略  
10  前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、 これに関する事項

<参考>
労働基準法91条 労働者への制裁としての減給を行う場合のルールであり今回の問題には適用されません。
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。

就業規則の不利益変更が認められるための要件

下記の7項目を総合的に考慮して就業規則の変更の合理性を判断されます。
第四銀行事件判決(最高裁判所第二小法廷 平9年2月28日)を参考に作成

①就業規則変更によって労働者が被る不利益の程度
②使用者側の変更の必要性の内容・程度
③変更後の就業規則の内容自体の相当性
④代償措置その他関連する労働条件の改善状況
⑤労働組合等との交渉の経緯
⑥他の労働組合や従業員の対応
⑦同種事項におけるわが国社会における一般的状況等

なお不利益変更に労働者が合意した場合は、変更の合理性は問われないというのが一般的な考え方です。
しかしその際には、押印などの形式的な労働者の同意だけでは足りません。
不利益の内容や程度、同意に至るまでの経緯や態様、同意を得る前に使用者が十分な情報提供と説明を行っているか等が考慮されなければならないとされています(山梨県信用組合事件 最高裁判所第二小法廷 平成28年2月19日)。

能力給制度導入に伴う給与制度改定の留意点

判例では、変更の必要性と内容が合理的であれば、個々の労働者は変更の適用を拒むことができない旨を述べています。
逆に言えば、給与の減額の可能性があることだけを就業規則に記載しても足りないということです。
制度に合理性がなく特定の労働者が不利益を被る制度と判断されれば、能力給制度自体が違法となってしまいます。

制度設計にあたり下記の2点を満たす必要があります。

① 人事考課制度がその目的(必要性)に見合ったものであること
(例えば企業間競争が激しさを増す中で、実績に見合った報酬を払うことによって、積極的に職務に取り組む社員の活力を引き出すなど)

② 誰もが自らの努力によって職務遂行能力等を向上させ、昇格し、昇給することが出来る平等な機会が確保されていること
(これによって制度の合理性を基礎づけつつ、特定の労働者の「不利益性」の程度を低くする事実となります)

給与規程が就業規則と同様に扱われるために

労働基準法第89条で、就業規則の行政官庁(労働基準監督署)への届出が義務付けられていることから、給与規程も届出を行うことが望ましいでしょう(給与規程の届出がなくとも就業規則としての同様の効果が直ちに否定されるわけではありません)。
さらに各労働者が適宜閲覧できる状態にしておくことが必要です。下記が、賃金減額に関する規定例です。

給与規定 
第〇〇条 給与改定
1 昇給・降給を含む給与改定は会社の業績を考慮し、毎年◯月に行う。ただし、著しい事業不振やその他止むを得ない場合には、この限りでない。

第〇〇条 賞与
1 賞与は会社の業績応じて、労働者各人の人事考課や会社への貢献度を考慮して、その都度決定する。ただし、著しい事業不振やその他止むを得ない場合には、支給しないことがある。

賞与の支給は法律上の義務ではありません。
ただし、規程に賞与の額を「基本給の4.5ヶ月分」などと明記してしまうと、賞与が生活補填的性格を持つものと判断されてしまいます。
実際に、規程に定めた額から減額して支給したことが、会社による労働条件の不利益変更にあたると判断された判決もあります(会社は減額分の支払いを命じられました)。
したがって上記規定例のように、状況によっては支給しないこともありうることを明記すべきでしょう。

参考判例

ユニデンホールディングス事件 東京地判 平成28年7月20日

元従業員に対し、会社の行った給与減額の有効性について争われた事件。
会社側が給与改定の根拠であると主張する規定では、減額の根拠となり得ないとされ、減額は無効とされました。
会社の規定では「担当職務の見直しに合わせ、給与の見直しを行う場合がある。見直し幅は、都度決定する」とのみ記されていました。
判決では下記のように述べています。(太字は筆者による)

「使用者(会社)が、個々の労働者の同意を得ることなく賃金減額を実施した場合において、当該減額が就業規則上の賃金減額規定に基づくものと主張する場合、賃金請求権が、労働者にとって最も重要な労働契約上の権利であることにかんがみれば、当該賃金減額規定が、減額事由、減額方法、減額幅等の点において、基準としての一定の明確性を有するものでなければ、そもそも個別の賃金減額の根拠たり得ないものと解するのが相当である。

中略

「当該規定では、減額方法、減額幅等の基準が示されているということはできない。」

関連就業規則解説

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