「求人票に記載してあった労働条件と違う」と入社間もない従業員に指摘されました。求人票の内容と異なる労働条件で採用することはできないのでしょうか?

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回答

求人票は、労働契約申込をしてもらうためのものです。
したがって、採用過程で採用側の考えが変わり、求人票と異なる労働条件で労働契約を結ぶこと自体は違法ではありません。
ただし、その場合には、求人票の内容と異なる点を明確にし、労働者へ丁寧に説明した上で、労働者に納得してもらう必要があります。
*応募者を多く集めるために、虚偽の広告や労働条件を提示することは禁止されており、罰則もあります(職業安定法第65条第8号)。

一方で、求人票の内容と異なる点が明確にされずに、労働契約を締結した場合は、原則として求人票の内容が労働条件となります。
この場合に労働条件を変更するのであれば、労働者の同意が必要です。
さらに、給与や勤務時間などの重要な労働条件であれば、労働者が「自由な意思」で同意したことがさらに求められます。
自由な意志とは、事業主からの圧力や、拒否した場合の解雇への懸念などがない状態と考えてください。

労使間トラブルを避けるためにも、労働契約時に労働条件の提示と説明をしっかり行うことが非常に重要です。
参考判例で紹介している通り、働き始めてから提示と説明を行うことは非常にリスクが大きいです。

解説

労働者の求人申込から契約まで

労働者の求人申込から契約までの流れと注意点を改めて確認すると次のようになるでしょう。

  1. 求人活動
    この段階で作成する求人票はあくまで、労働者から応募してもらうためのものです。
    したがって、採用に至ったとしても記載した求人票の内容で絶対に労働契約を結ばないといけないわけではありません。
    ただし、はじめから虚偽の広告や労働条件を提示することは禁止されており、罰則もあります(職業安定法第65条第8号)。
  2. 採用面接などで採用の可否を判断
    筆記試験や採用面接を通じて、現時点で求人票で求める能力はないが、潜在能力が高いために採用したいと判断することもあるでしょう。
    このような場合にまで、求人票記載内容に縛られてしまうのは、不合理です。
  3. 労働契約を締結
    採用過程を通じて事業主が判断に至った労働条件に対し、労働者も納得する形で労働契約を結ばなければいけません。
    この段階で、労働条件の明示を行わなければいけません(労働基準法第15条)。
    くりかえしになりますが、この段階での労働条件と、求人票記載の労働条件が異なることは問題ありません。
    ただし、次の点に注意してください。

労働契約締結時の注意点

  • 求人票などの内容を変更して労働契約を締結する場合、変更内容が求職者に理解できる方法での明示が事業主に義務づけられています(職業安定法第5条の3第3項)。
  • 労働条件を変更できると言っても、安易な変更や、求人票の内容とあまりにかけ離れた労働条件に変更することは認められない可能性があります。
    求人者からすれば、求人票記載の内容がそのまま労働条件になることを期待して応募してくるからです。

関連法令

労働基準法第15条(労働条件の明示) 
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

職業安定法第5条の3(労働条件等の明示) 

  1. 公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者は、それぞれ、職業紹介、労働者の募集又は労働者供給に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
  2. 求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所、特定地方公共団体又は職業紹介事業者に対し、労働者供給を受けようとする者はあらかじめ労働者供給事業者に対し、それぞれ、求職者又は供給される労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
  3. 求人者、労働者の募集を行う者及び労働者供給を受けようとする者(供給される労働者を雇用する場合に限る。)は、それぞれ、求人の申込みをした公共職業安定所、特定地方公共団体若しくは職業紹介事業者の紹介による求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者と労働契約を締結しようとする場合であつて、これらの者に対して第一項の規定により明示された従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件(以下この項において「従事すべき業務の内容等」という。)を変更する場合その他厚生労働省令で定める場合は、当該契約の相手方となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき業務の内容等その他厚生労働省令で定める事項を明示しなければならない。
  4. 前三項の規定による明示は、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により行わなければならない。

求人票をめぐる苦情などの件数と事例

厚生労働省が、ハローワークでの求人票の記載内容と、実際の労働条件が違うことに関する申出等の件数を公表しています。
厚生労働省などの行政機関が対策を講じてきたこともあり、減少傾向にあります。
*令和2年度における1000以上の大きな減少は、新規求人件数の大幅減少も原因です。

ハローワークの求人票と実際が異なる旨の申出件数推移

 平成28年度平成29年度平成30年度令和元年度令和2年度
申出等の件数9,299件8,507件6,811件5,778件4,211件
(参考)
新規求人件数
6,161,398件6,468,438件6,600,951件6,282,475件5,029,222件
ハローワークの求人票と実際が異なる旨の申出等 を参考に筆者作成


下記資料において、苦情に至る要因別件数も記載されています。

関連判例

デイサービスA社事件 京都地判平29年3月30日

事案概要

64歳の男性が、「雇用期間の定めなし」と記載されている求人票を見て、ハローワーク経由で被告会社との採用面接に臨んだ。
採用が決まったが、この時点では、労働契約書は作成されず、雇用期間などの具体的な雇用条件を確認できなかった。
勤務開始後1ヶ月経ち、被告会社から労働条件通知書の提示と説明があった。
その内容は、求人票と異なり、「雇用期間の定めあり」「定年制あり」となっていた。
原告男性は前職も辞めており、職を失うことを恐れ、納得しないものの署名押印した。

勤務開始から1年後、期間満了に伴い退職した。
原告男性は、次の点を主張し訴えを提起した。

  1. 元々は期間の定めのない労働契約で、解雇は無効。
  2. 予備的に(1が認められなかったとしても・・・という意味)被告が行った雇止めは無効。
  3. 原告男性が労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、解雇または雇止めの翌日以降分の賃金の支払などを求める。
判決概要

原告による署名押印は、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない。
そのため、それによる労働条件の変更についての原告の同意があったとは認めることはできないと判断しました。

下記は判決における重要な箇所です。

求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約の締結をするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情の無い限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である。

労働条件に関する総合サイト 確かめよう労働条件(厚生労働省)

労働条件通知書を示して説明し署名押印したことにつき、使用者が行った労働条件の変更の効力については、その変更についての同意の有無は、当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでだけでなく、当該変更により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者のへの情報提供又は説明の内容に照らして、当該行為が労働者の自由意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。

労働条件に関する総合サイト 確かめよう労働条件(厚生労働省)

関連就業規則解説

第2章 人事 第4条 採用手続

第2章 人事 第5条 採用時の提出書類

第2章 人事 第6条 試用期間

第2章 人事 第7条 労働条件の明示