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1「いじめ・嫌がらせ」に関する労働相談が増えています
令和2年度個別労働紛争解決制度の施行状況
2021年6月、令和2年度個別労働紛争解決制度の施行状況が厚生労働省より公表されました。
制度の利用理由で最も多いのが、「いじめ・嫌がらせ」です(平成24年度から引き続き最多となっています)。
しかも、「ハラスメント」という概念が社会に浸透していることもあり、下記グラフの通り、年々その件数は増加しています。
*下記グラフ下部にある通り、令和2年より計上方法が一部変更されています。
なおどのような行為を「いじめ・嫌がらせ」と認めるかは、人によって異なります。
また「いじめ・嫌がらせ」とパワーハラスメントを同じ意味として用いる、書籍や報道記事もあります。
一方で筆者は、「いじめ・嫌がらせ」には、必ず何かしらのハラスメントが存在すると考えます。
そのため、ここでは「嫌がらせ=ハラスメント」とし、今後4回にわたって「ハラスメント」に関する記事を配信していきます。
第1回:ハラスメント総論
第2回:パワーハラスメント
第3回:セクシャルハラスメント
第4回:マタニティハラスメント
個別労働紛争解決制度とは
「個別労働紛争解決制度」は、個々の労働者と事業主との間の労働条件や職場環境などをめぐるトラブルを未然に防止し、早期に解決を図るための制度です(労働者、事業主どちらからでも利用可能)。
簡易・迅速・無料・秘密厳守を謳っており
①総合労働相談
②都道府県労働局長による助言・指導
③紛争調整委員会によるあっせん
の3つの方法があります。
労働問題の裁判による解決には、年単位での時間がかかることも少なくありません。
また労働問題が裁判にまで発展するのは、会社・労働者双方にとって多大なコスト(金銭面や時間面など)がかかります。
このような事情を背景に、2001年から個別紛争解決制度がスタートしたのです。
2なぜハラスメント対策を講じることが重要か?
会社がハラスメント対策を講じるべき理由は主に下記4点です。
- ハラスメントは、労働者個人の尊厳や人格を傷つける許されない行為であるだけでなく、労働者の能力発揮を妨げます。
- 法律上も会社は、ハラスメント対策を求められています。違反があれば、安全配慮義務違反等により損害賠償請求される可能性もあります。
- 会社内の職場秩序が乱れ、業務に支障が生じかねません。また会社の社会的評価に悪影響を与え、貴重な人材が確保できなくなります。
- 「ハラスメント」に関する理解が不十分であれば、ハラスメントの意味が誤解され、必要な指導や適切な処置が行われなくなります。
労働人口の減少が顕著になっている中、ハラスメントが横行するような職場では人材はますます集まらなくなるでしょう。
インターネットが発達した情報化社会においては、会社の社会的評価に悪影響を与える情報は、インターネット上に残りやすくなっています。
また、パワーハラスメントと必要な指導は、区別がつきづらいこともあるため、上記4のような弊害も起きてしまいます。
(セクシャルハラスメントについては、業務上必要な指導と関連せず、このような弊害は発生しません)
これら理由から、ハラスメント対策は、法律上の要請であるだけでなく、会社の健全経営にとって非常に重要であることを認識する必要があります。
3どのようなハラスメントがあるか?
3−1 ハラスメントの定義
政府によって「〇〇ハラスメント」の定義はされている一方で、労働分野においてハラスメントという単語単体に対する明確な定義はありません。
しかし、現代社会において問題となる行為から推察すると、下記のような特徴を持っていると言えるでしょう。
加害者による言動が、
相手を傷つけたりする意図があるかないかに関係なく、
被害者を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えること
*わかりやすくするためにあえて「加害者」と「被害者」という言葉を使用しています。
ポイントは、「相手」を傷つけたりする意図があるかないかは、ハラスメント成立に関係ないということです。
会社における従業員は、年代も違えば、価値観も異なり、ある言動に対する認識も労働者によって異なるでしょう。
しかし、「可愛がっているつもりで、傷つけるつもりはなかった」という弁明は、現代社会では通用しないと考えて対策を取る必要があります。
したがって、下記3大ハラスメントで紹介する通り、まずは定義と具体例を知ることが必要です。
3−2 3大ハラスメントの定義と概要
職場におけるパワーハラスメント
職場のパワーハラスメントについては、パワハラ防止を義務付ける関連法(改正労働施策総合推進法)によって、事業主は雇用管理上の措置を講じることが義務付けられています。*中小企業は、令和4年4月1日から義務化
定義
この職場におけるパワーハラスメントの定義は、労働施策総合推進法第30条の2(雇用管理上の措置等)に明記されています。
職場において行われる
- 優越的な関係を背景とした言動であって、
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
- 労働者の就業環境が害されるものであり、
1から3までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
用語説明
職場とは・・・
文字通り労働者が業務を遂行する場所です。出張先なども当然含まれます。
また勤務時間外の宴会の場や、社員寮や通勤中などであっても、実質上職務の延長と考えられるものは「職場」に該当するとされています。
その判断については、職務との関連性、参加者、参加や対応が強制的か任意かといったことを考慮して個別に行われます。
労働者とは・・・
雇用形態に関係なく、事業主が雇用する全ての労働者を指します。
なお派遣労働者については、派遣元のみならず、派遣先も、自ら雇用する労働者と同様の措置を講ずる必要があります。
「優越的な関係を背景とした」言動とは
パワハラを受ける労働者(被害者)が、パワハラを行う者(加害者)にに対して、抵抗や拒絶することが難しい関係において行われるものを指します。
これは上司と部下の関係だけでなく、同僚間でも生じ得ます。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは
社会通念(常識)に照らし、言動が明らかに業務上必要性がない、または叱責等の仕方(手段)が相当でないものです。
この判断がパワハラの認定において最も難しいといえます。
厚生労働省監修の「あかるい職場応援団」というサイトでは、次のように述べています。
この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況(※)、行為者の関係性等)を総合的に考慮することが適当です。
その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要です。なお、労働者に問題行動があった場合であっても、人格を否定するような言動など業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされれば、当然、職場におけるパワーハラスメントに当たり得ます。
※「属性」・・・・・(例)経験年数や年齢、障害がある、外国人である 等
あかるい職場応援団 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/definition/about
「心身の状況」・・(例)精神的又は身体的な状況や疾患の有無 等
「就業環境が害される」とは
労働者が、業務遂行に支障が生じるほどの身体的又は精神的に苦痛を与えられることです。
苦痛の有無の判断に当たっては、平均的な労働者の感じ方を基準に考えます。
言動の頻度や継続性は考慮されますが、強い身体的又は精神的苦痛を与えるような行為であれば、たとえ1回でも就業環境を害すると判断されます。
パワーハラスメントの代表的6類型
セクシャルハラスメント
セクシャルハラスメントについては、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法により、事業主は、雇用管理上の措置を講じることが既に義務付けられています。*中小企業は、令和4年4月1日から義務化
なおセクシャルハラスメントの行為者は男性だけに限られず、また同性間においてもセクシャルハラスメントは成立します。
定義
「職場」において行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されることをいいます。
用語説明
「職場」と「労働者」については、パワーハラスメントの用語説明と同じです。
性的な言動とは・・・
文字通り性的な内容の発言や性的な行動のことをいいます。
具体的な言動例は次の通りです。
わいせつさと関連なくとも、性差別意識から生じる発言も含まれることに注意してください。
- 性的な事実関係を尋ねること
- 性的な内容の情報(うわさ)を流すこと
- 性的な冗談やからかい
- 食事やデートへの執拗な誘い
- 個人的な性的体験談を話すこと
- 性的な関係を強要すること
- 必要なく身体に触れること
- わいせつ図画を配布・掲示すること
- 強制わいせつ行為、強姦など
- 「男のくせに〜」「女のくせに〜」「女性は〇〇の仕事をやっていれば良い」などの性差別意識から生じる発言
セクシャルハラスメント類型
次の2タイプがあります。
対価型:強い立場の者が弱い立場の者に性的な言動を行い、拒否や抵抗があった場合に、報復として配置転換や解雇などを行う
環境型:性的な言動により、労働者の業務遂行に支障が生じること
前述の通り、パワーハラスメントと異なり、セクシャルハラスメントは、業務上必要な行為に伴って行われるようなものではありません。
したがって、セクシャルハラスメントは卑劣で、決して許されない行為であることを、より強く労働者に周知する必要があります。
マタニティハラスメント
マタニティハラスメントについては、平成29年1月1日施行の改正男女雇用機会均等法、改正育児・介護休業法により、事業主は雇用管理上の措置を講じることが既に義務付けられています。*中小企業は、令和4年4月1日から義務化
なお厚生労働省は、上記法改正前から禁止されていた「不利益取扱」と「マタニティハラスメント」を区別しています。
詳しくは第4回「マタニティハラスメント」で取り扱います。
定義
「職場」において行われる上司や同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児休業、介護休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した「女性労働者」や育児休業・介護休業等を申出・取得した「男女労働者」の就業環境が害されることをいいます。
用語説明
「職場」と「労働者」については、パワーハラスメントの用語説明と同じです。
マタニティハラスメント例
次のような発言がマタニティハラスメントとなります。
「育休を長期間取得しすぎ」
「育休取得するくらいならやめてくれた方がマシ」
「男なのに育休取得するの?」
妊娠・出産・育児に関する制度利用を妨げたり、妊娠・出産・育児に対し労働者が引け目を感じさせるような行為と考えれば良いでしょう。
なお、「業務上の必要性に基づく言動」はマタニティハラスメントに該当しません。
例えば、妊産婦の健康を気遣うが故に、業務量の削減や業務内容の変更等を打診することはマタニティハラスメントには該当しません。
また、育児を理由に「時短勤務」を希望する労働者に対して、業務上の必要性により代替案としての「週3日勤務」を提案したりすることは、強要しない限りハラスメントに該当しません。
4どうしてハラスメントはなくならないのか?
労働現場からハラスメントが無くならない原因を端的に言えば、
- 「自分や自社には関係ない」という思い込み
- 「自分たちはこうやってきた」「これくらいは許容範囲」という過去への呪縛
から逃れられないことにあるでしょう。
繰り返しになりますが、ハラスメントは人格や尊厳を踏みにじる行為であるという認識は年々広がってきています。
過去と決別し、自分や自社には関係ないという考えは捨て、真剣にハラスメント対策に取り組む必要があります。
5ハラスメント対策として事業主が行わなければいけないこと
事業主が講じなければいけないハラスメント対策について、次のように法整備がなされています。
パワーハラスメント:パワハラ防止を義務付ける関連法(改正労働施策総合推進法)
セクシャルハラスメント・マタニティハラスメント:男女雇用機会均等法、育児介護休業法
ハラスメント対策は、次の4つに分かれます。
◆ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
① 職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること
② 行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発すること◆ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
④ 相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること◆ 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
⑤事実関係を迅速かつ正確に確認すること
⑥ 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと(注1)
⑦ 事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと(注1)
⑧ 再発防止に向けた措置を講ずること(注2)
(注1)事実確認ができた場合 (注2) 事実確認ができなかった場合も同様◆ そのほか併せて講ずべき措置
(簡易版)リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」 より引用
⑨ 相談者・行為者等のプライバシー(注3)を保護するために必要な措置を講じ、その旨労働者に周知すること
(注3) 性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含む
⑩ 相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
関連就業規則解説
第3章 服務規律 第14条 妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメントの禁止
第3章 服務規律 第15条 その他あらゆるハラスメントの禁止
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