第10章 安全衛生及び災害補償 第64条 災害補償

労働者の保護と救済を確実に行うために、労働者災害保険制度が設けられています

第64条(災害補償)

労働者が業務上の事由又は通勤により負傷し、疾病にかかり、又は死亡した場合は、労基法及び労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に定めるところにより災害補償を行う。

条文の目的・存在理由

業務災害あるいは通勤災害が起きた際に、労働者が受けることが出来る補償について定めた条文です。

災害補償に関する事項は、就業規則の相対的必要記載事項です。
しかし、労働基準法上、会社は災害補償を行う義務があり、実務的には記載は必須です。

なお労働基準法第84条第1項における下記規定の通り、業務災害が起きた場合のほとんどのケースでは、労働者災害保険から補償が行われます。
つまり会社負担で補償を行うケースはほとんどありません(待機期間中の休業補償は会社が行う必要があります。下記参照)。

労働基準法第84条第1項
この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。

災害補償の種類

会社の資金力に関わらず、労働者の保護と救済を確実に行うために、労働者災害保険制度が設けられています。
前述の通り現実には、待機期間中の休業補償を除いて、労働者災害保険法に基づいて保証が行われます。
災害補償に関して、労働基準法と労働者災害保険法の保険給付の大きな違いは、下記の通りです。

労働基準法・・・業務災害に対する補償のみを規定されている

労働者災害保険法・・・業務災害だけでなく複数業務要因災害通勤災害に対する給付二次健康診断給付(脳血管、心臓疾患発生の恐れがある場合の給付)が規定されている

厚生労働省は「労災保険給付の概要」というリーフレットを公開しています。
「労災保険給付の概要」(厚生労働省作成)https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-12.pdf

補償の種類は、下記の通りです。

労働基準法労働者災害保険法
①怪我等の治療に対する補償療養補償療養(補償)給付
②賃金に対する補償休業補償休業(補償)給付
③障害に対する補償障害補償障害(補償)給付
④遺族に対する補償遺族補償遺族(補償)給付
⑤葬祭費用として葬祭料葬祭料
⑥賃金に対する補償(年金形式)規定なし傷病(補償)年金
⑦本人の要介護状態に関する補償規定なし介護(補償)給付

*②と⑥が併給されることはありません。

*通勤災害は、会社に責任はありません。従って通勤災害に対する給付の名称には「補償」の文言はありません。

「労災保険給付の概要」(厚生労働省作成)より引用 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-12.pdf

打切補償について

労働者が業務上の負傷あるいは疾病を抱えた場合、療養のために休業する期間及びその後30日間は解雇できません(労働基準法第19条)。
さらに上述の通り各種補償も行わなければいけません。

しかし、下記法律の要件を満たした場合には、打切補償制度を利用することで会社は補償責任を免れることができます。

労働基準法第81条 太字は筆者による
「第75条の規定(療養補償)によつて補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1,200日分の打切補償を行い、その後はこの法律(労働基準法)の規定による補償を行わなくてもよい。」

労働者災害保険法第19条
「業務上負傷し、又は疾病にかかつた労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなつた場合には、労働基準法第19条第1項の規定の適用については、当該使用者は、それぞれ、当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなつた日において、同法第81条の規定により打切補償を支払つたものとみなす。」


待機期間について

労働者災害保険法第14条では、休業最初の3日間は待機期間(連続でなくても良い)とされ、4日目から支給すると規定されています。
したがって待機期間中は、労働基準法の災害補償の規定に基づき、会社が平均賃金の60%以上の休業補償を支払わなければいけません。


民法(労災民事訴訟制度)との関係について

上記の各種災害補償(給付)は、業務災害を原因とする労働者の損害のうち、金銭面の損害の一部を埋め合わせたに過ぎません。
つまり精神的損害(慰謝料)や金銭面の残りの損害については、上記災害補償では補うことができません。

そのため、会社側に故意または過失がある業務災害が起きた場合も、当然上記各種災害補償がカバーしきれない精神的被害(損害)等が残ります。
その結果、民事上の債務不履行責任(民法第415条)や不法行為責任(民法第709条)に基づいて、労働者やその遺族等が損害賠償を請求する可能性は残ります。

*労働者等が、民法第709条に基づいて会社の不法行為責任を問う場合、労働者は会社の故意・過失を立証しなければいけません。
一方で民法第415条で定める債務不履行責任は、会社が履行すべき安全配慮義務が履行されなかったことを訴えるものであり、この場合会社が安全配慮義務を怠っていなかったことを立証しなければいけません(ただし、この場合でも安全配慮義務の内容を特定し、かつ、同義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は労働者等にあるとされています)。


特別支給金について

特別支給金とは、政府が行う社会復帰促進等事業のうちの1つであり、労災保険の上積み分として支給される金銭給付です。
詳しくは上記「労災保険給付の概要」(厚生労働省作成)の8・9ページをご覧ください。


労災上積補償について

上記「民法との関係について」で述べた通り、業務災害が起きた場合に、会社には安全配慮義務違反等を理由に損害賠償請求される可能性は残ります。
訴訟に関連する人的・時間的コストや会社の評判低下等を考慮すると、裁判で最終的に安全配慮義務違反が認定されなければ良いというものではありません。

このような損害賠償請求請求等の訴訟を起こされるリスクに備えるものとして、労災上積補償があります。
この労災上積補償は、

業務災害が起きた場合、上積補償金額を限度に、被災労働者や遺族に対する損害賠償責任を免れることができる制度

です。

導入している企業は、民間の保険会社と保険契約をし、保険料は事業主負担としています。
導入に当たっては各保険会社に問い合わせる必要がありますが、少なくとも下記の事項を労働者に対し周知しておく必要があります。

①業務災害が起きた場合、上積補償金額を限度に、被災労働者や遺族に対する損害賠償責任を免れる。

②上積補償の受給者遺族は、民法上の相続人とする。

*受給者遺族を民法上の相続人とする理由
労働基準法上の災害補償を受給できる人と、損害賠償請求権を行使できる人が別になりうるケースがあります。例えば、相続人でない内縁の妻に労災上積補償金を支給したものの、民法上の相続人である妻から損害賠償を請求されてしまうといったことが起きてしまいます。

リスク 通勤災害の取扱い

「災害補償の種類」の項目で述べたように、通勤災害に対する補償は労働者災害保険法にのみ規定されています。
さらに労働者災害保険法上、通勤災害にも認定基準が設けられており、会社には認定の権限はありません。

一方でモデル条文の書き方だと、通勤災害が起きた場合には、会社もしくは労災保険から給付が必ず受けられると誤解される可能性があります。
したがって、通勤災害については、業務災害と分けて記載する方が良いでしょう。あるいは通勤災害は法定事項であるため、就業規則に書かれていなくても問題ありません。

なお労働基準法に規定がない以上、通勤災害に対する3日間の待機期間に対しては、会社に補償を行う義務はありません。

参考)通勤災害の認定基準について
「労災保険の通勤災害保護制度が変わりました」(厚労省作成)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000147162.pdf

リスク② 休業補償期間中の社会保険料の取扱い

社会保険(健康保険、厚生年金保険、介護保険)については、標準報酬月額に保険料率を掛けて算出した保険料を、会社が年金事務所に毎月納付しています。
そのため業務災害や通勤災害で労働者が働けなくなったとしても、労働者に対する社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料)は免除されません。

さらに、社会保険料は会社負担分と労働者負担分に分けられますが、両負担分とも社会保険料の支払義務は、会社にあります(業務災害による休業であったとしても、労働者分までの負担義務は会社にありません)。

労働者に給与を支払っている間は給与控除により社会保険料を支払っていますが、給与を支払っていなければ控除できないので、どのような扱いにするかを事前に決めておく必要があります。


労働保険について
労災保険料は元々全額が会社負担です。雇用保険料については、支払った賃金額に応じた保険料を会社と労働者が半分ずつ支払うことになっています。
したがって給与が発生していなければ保険料も発生しません

改善案

第62条(災害補償)
1 労働者が業務上の事由又は通勤により負傷し、疾病にかかり、又は死亡した場合は、労基法及び労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に定めるところにより災害補償を行う。

2 前項に基づく補償を受けるべき者が、同一の事由について労働者災害補償保険法により保険給付を受ける場合には、その価額の限度において前項の規定を適用しない。 

3 労働者が通勤により負傷し、疾病にかかり、又は死亡した場合は、労働者災害補償保険法に定めるところにより災害補償を行う。

4 業務災害あるいは通勤災害により休業している労働者に対して給与が支払われず、社会保険料(厚生年金保険料・健康保険料・介護保険料)を控除することができない場合、原則として会社は労働者本人に代わって本人負担分の立替払いを行う。そして会社は立替えた後に労働者本人に請求し、労働者は請求月の翌月末日までに支払わなければいけない。

参考判例

川義事件 最三小判 昭和59年4月10日

事件概要

労働者Aは宿直勤務中であった。そして窃盗目的で侵入した元従業員BによってAは殺害された。
勤務先には、夜間用の出入口が設けられていたが、そこにはのぞき窓、インターホン、防犯ベルはなく、呼出用のブザーボタンのみが置かれていた。

さらに労働者Aを雇用する会社C(被告)では、商品の紛失事故が発生していて、元従業員Bは退職後に数回会社Cから商品を窃取していた。
しかし会社Cの上層部には報告されていなかった。

労働者Aの両親(原告)は、会社Cの安全配慮義務違反を主張し、損害賠償を求めて提訴した。
第一審、第二審では、労働者Aの両親(原告)の勝訴となっていた。そのため会社Cが上告した。

就業規則との関係において

最高裁判決においても、会社Cの安全配慮義務違反が認められ、労働者Aの両親が勝訴しました。
判決では、下記のように会社(使用者)の安全配慮義務について述べ、本事件の会社側の安全配慮義務違反を認定しています。太字化は筆者による。

「使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」

上告会社では、盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の物的設備や侵入した盗賊から危害を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、また、盗難等の危険を考慮して休日又は夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかったというのであるから、上告会社には、Aに対する前記の安全配慮義務の不履行があったものといわなければならない。そして、前記の事実からすると、上告会社において前記のような安全配慮義務を履行しておれば、本件のようなAの殺害という事故の発生を未然に防止しえたというべきであるから、右事故は、上告会社の右安全配慮義務の不履行によって発生したものということができ、上告会社は、右事故によって被害を被った者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。」

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