当クリニックの就業規則上は1ヶ月前までに退職願を提出することととしています。残り1か月を切ってからの退職願は、問題ない行為となるのでしょうか?

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回答

1ヶ月前に行っていなくても、2週間前までに退職申し出があれば、法律上の問題は生じません。

理由は下記のとおりです。

  • 重要なことですが、就業規則よりも法律の方が、効力は上です。
  • 民法627条2項によれば、労働者からの雇用契約解約の申出は、2週間前までの申出で良い

よって、経営者がどれだけ引き留めたとしても、労働者の意思が固ければ、意思表示した日から14日後に退職の効果が生じてしまいます。

それでも、労働者に就業規則を守って退職してもらう方法があるとすれば、下記が挙げられるでしょう。

自社就業規則を守って退職手続きを進めてもらうための方法
  • 法律論の前に、まずは従業員と退職退職理由や退職日を確認・相談しましょう。
  • 転職先の入社予定日と有給残日数の関係で、早めの退職に労働者がこだわっていることがあります。その場合は、転職先入社予定日前日まで自社で働いてもらい、転職後は、転職先で働きつつ自社の有給を消化してもらうといった方法も可能です。詳しくは下記解説をご覧ください。
  • 自社就業規則に則って退職する場合には、最終月給与などを上積みする(転職祝金)。
  • 退職に伴う業務引き継ぎを行わないことに対し、懲戒処分を定めておく。それによって、引き継ぎもろくに行わないで退職するリスクを減らすことができます。
  • 引き継ぎを行わないなどの行為に対する懲戒処分の一つとして、退職金減額の可能性に言及することも可能です。
    注)ただし、給与や退職金を減額するというのは、労働者にとって大変な不利益です。そのため、下記解説の通り慎重に行う必要があります。
  • 自社就業規則に則った場合に支給する退職金のパターンと、自社就業規則に違反するも法令違反ではない場合に支給する退職金のパターンの2種類を、就業規則で用意しておく。

なお直接的な対応方法ではありませんが、日頃から従業員と信頼関係を構築しておくことが、就業規則違反の退職を防ぐ方法と言えるでしょう。

解説

転職先と自社の雇用関係重複について

社会保険の重複がないように気を付けさえすれば、自社と転職先で雇用期間が重なることは問題ありません。

要するに一時的にダブルワーク状態とするということです。

大抵の場合は、転職先で社会保険(健康保険・厚生年金)、雇用保険に入るでしょうから、自社の喪失手続きを転職前日付で行えば良いだけです。

そして、重複期間中の給与については、所得税を「乙」計算すればよいでしょう。

なお、上記方法とは別に、有給買取といった方法もあります。

退職日までの業務引き継ぎ等について

退職の意思表示をした後でも、退職日までは労働者は労働提供義務を負います。

しかし、現実には、残っている有給休暇を消化して、ほとんど出社しない労働者もます。
 
一方で、年次有給休暇の取得は労働者の権利であり、取得自体を妨げることはできません(事業の正常な運営を妨げる場合には、会社は取得時季の変更を依頼することはできます)。

それでも、業務の引継がずさんであれば、会社事業の正常な運営に支障が出ます。

最低限業務の引き継ぎを完了させなければいけないことを就業規則に明記しておいても良いでしょう。

なお、年次有給休暇の取得でなく、無断欠勤であれば、就業規則に則った懲戒処分を行うことは当然可能です。

また、無断欠勤を防ぐために、退職金等の減額の可能性について明示することも一考です(ただし裁判上の争いになった場合に、必ずしも有効と認められるとは限りません)。

退職金の減額について

急な退職で困るのは、人員補充が間に合わないことと、業務の引継ぎが不十分となることでしょう。

人員補充が間に合わないことを理由に退職日変更を依頼することは可能ですが、労働者の意思次第となってしまいます。

業務の引継ぎについては、十分に行うことを要する旨が就業規則に規定されていれば、懲戒処分も可能です。

懲戒処分の一貫として、退職金減額も不可能ではありませんが、かなり例外的な場合と考えるべきです。

下記判例にある通り、退職金減額が認められるためには、「勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があった」というような事情が必要です。

参考判例 退職代行に関する事件

インタアクト事件 東京地判 令和元年9月27日

事件概要

労働者A(原告)は、弁護士を通じて、会社(被告)に対し、退職通知書による退職の意思表示を行なった。
その退職通知書には、通知書到達後1カ月を経過する日に退職する旨と、退職日までの間は年次有給休暇を取得する旨等が記されていた。

その後、会社から労働者Aへ業務引継ぎに関する問い合わせがあった。
労働者Aは、弁護士を通じて、会社で使用していたパスワード等の保管場所、ネットバンキングのIDとパスワードなどについて回答した。

会社は、対面の引継ぎを行わなかったなどの懲戒解雇事由を理由に、退職金を不支給とした。
労働者Aは、会社に対し、未支給賞与約48万円余、退職金約69万円等を請求した。

裁判所の判断について

賞与支給日に在籍していない労働者Aに、会社が賞与を支払わないことは問題ないとの判断が下されました。

一方で、判決では退職金に関して、下記のように述べました。

「退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである」

そして、判決では、今回の労働者の行為に関して、「勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない」と判断しました。
その結果、労働者の退職金請求が認められました。主な理由は下記の通りです。

・労働者の行為が背信行為であると会社が主張するものの多くは、そもそも懲戒解雇事由に該当しない。

・仮に懲戒解雇事由に該当し得るとしても、その事由の内容は労働者Aが担当していた業務遂行に関する問題であって、会社の組織維持に直接影響するものではない。また刑事処罰の対象になるといった性質のものでもない。

・会社は労働者Aに対し、業務に関して、具体的な改善指導や処分を行ったことがなかった。さらに会社は、業務フローやマニュアル作成といった労働者の執務体制や執務環境に関する適切な対応を行っていなかった。

・会社に具体的な損害が生じたとは認められない。

・会社の退職金規程の内容によれば、退職金の基本的な性質は後払い賃金である。

・労働者Aが、対面の引継行為を敬遠したことには一定の理由があると解される(近しい上司との関係が良好でなかった)。