第8章 退職金 第56条 退職金の支払方法及び支払時期

退職金制度を設けるのであれば、支払方法と支払時期を明記する必要があります

第56条 (退職金の支払方法及び支払時期)

退職金は、支給事由の生じた日から__か月以内に、退職した労働者(死亡による退職の場合はその遺族)に対して支払う。

条文の目的・存在理由

退職金制度がある場合には、就業規則の相対的必要記載事項として記載が必須です。支払方法や支払時期を、各会社が独自に決めることができます。

ただし労働基準法第89条3号の2に規定されているように、退職金制度を設けるのであれば、支払方法と支払時期を明記する必要があります。
「任意の方法で」あるいは「任意の日に」支払うといった記載は許されません。

なお労働基準法第23条にある

「使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。」

という規定は、退職金には適用されません(昭和26年12月27日基収5483号、昭和63年3月14日基発150号、婦発47号)

その他の主ポイントは下記の通りです。

退職金請求権の時効について

退職金請求権の時効は、労働基準法第115条により5年と規定されています。(退職手当を除く賃金、災害補償その他の請求権の時効は2年)

退職金の性質について

退職金も労働基準法第24条第1項の賃金全額払いの原則の適用を受けます。
したがって、控除が許されるのは、法令や労使協定等で定められたもの(所得税、社会保険料、財形貯蓄等)に限られます。
労働者への貸付等と相殺して支給することは許されません。

ただし、退職金と労働者への貸付等との相殺に、

「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」

は、全額払いの原則には反しないとした判例もあります(日新製鋼事件 最高裁判所第二小法廷判決 平2年11月26日)

死亡退職金について

死亡によらない退職の場合、退職があって初めて、労働者に退職金請求権(退職金を会社に請求する権利)が発生します。
同様に、死亡による退職の場合、死亡退職があって初めて、遺族に退職金請求権が発生します。亡くなった後に請求権が発生する点のがポイントです。

したがって退職金は労働者の相続財産には当たらず、遺族の固有の財産ということになります。つまり相続財産の問題が発生しません。
就業規則に定めた通りに退職金を支払えば良いことになります。

注意

*「原則として死亡退職金は相続財産には含まれない」というのが主流の考え方になっています。
ただし、死亡退職金の目的が、遺族の生活保障ではなく、民法と同じ立場で受給権者を定めたものと判断されることもあります。
その場合、死亡退職金が相続財産に含まれると判断される可能性が残ります。

就業規則において、死亡退職金について言及がない場合は、相続に関連したトラブルに巻き込まれることになり得ます。
必ず死亡退職についても規定する必要があるでしょう。下記判例参照。

リスク 

モデル条文では、死亡による退職の場合には遺族に支払うとのみ記載があります。
しかし、遺族が一人ではないケースが多いであろうことから、さらに限定的に特定すべきです。
多くの会社では労働基準法施行規則第 42条から第 45 条に定めに準じる形で支払うと規定しています。

この労働基準法施行規則第42条から45条は、労働基準法の遺族補償(第72条)の支払い順序を示したものです。

①配偶者(内縁含む)
②生計を一にしていた家族で、子、父母、孫、祖父母の順
③生計を一にしない子、父母、孫、祖父母並びに兄弟姉妹の順

労働基準法施行規則 一部抜粋
第42条 
遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。

 配偶者がない場合には、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者とし、その順位は、前段に掲げる順序による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にする。

第43条 
前条の規定に該当する者がない場合においては、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で前条第二項の規定に該当しないもの並びに労働者の兄弟姉妹とし、その順位は、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順序により、兄弟姉妹については、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時その者と生計を一にしていた者を先にする。

 労働者が遺言又は使用者に対してした予告で前項に規定する者のうち特定の者を指定した場合においては、前項の規定にかかわらず、遺族補償を受けるべき者は、その指定した者とする。

第44条 
遺族補償を受けるべき同順位の者が二人以上ある場合には、遺族補償は、その人数によつて等分するものとする。

第45条 
遺族補償を受けるべきであつた者が死亡した場合には、その者にかかる遺族補償を受ける権利は、消滅する。

 前項の場合には、使用者は、前三条の規定による順位の者よりその死亡者を除いて、遺族補償を行わなければならない。

改善案

第54条 (退職金の支払方法及び支払時期)

退職金は、支給事由の生じた日から__か月以内に、退職した労働者(死亡による退職の場合はその遺族)に対して通貨で支払う。なお死亡による退職の場合、労働者の遺族の範囲及び順位は、労働基準法施行規則第42条から第45条に定めに準じる。

参考判例

日本貿易振興会事件 大阪高判 昭和54年9月28日

事件概要

労働者Aは、死亡によって退職した。
しかし上記振興会(控訴人)の「職員の退職手当に関する規程」によれば、退職手当を支払うべき遺族が存在しなかった。
そのため振興会は退職金を誰にも支払わなかった。
この労働者Aの相続財産法人(被控訴人)が、振興会を提訴して退職金と弔慰金を請求した事件。

第一審では、相続財産法人(原告)の主張が認められ、振興会(被告)は退職金の支払いを命じられた。
判決を不服とした振興会が控訴した。

相続財産法人とは・・・死亡した人に相続人がいることが明らかではない場合に法人化した相続財産のこと。

遺産相続人がいない場合に、手続きを踏むことなく当然に、相続財産が法人化して相続財産法人になります。

就業規則との関係において

判決では、死亡退職に伴う退職金は相続財産には当たらないとしました。
その結果第一審から一転して、振興会(控訴人)の主張が認められることになりました。
ポイントとなる判決文は下記の通りです。(太字化は筆者による)

「およそ企業がその従業員や職員が死亡した場合に支払う死亡退職金の法的性質は、相続財産に属するか受給権者の固有の権利であり相続財産でないかは一律に決することはできないのであって、当該企業の労働協約、就業規則あるいは本件におけるような規程の内容からこれを考えるべきである。
<中略>
本件規程によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は配偶者であって、配偶者がいれば子はまったく支給を受けないし、配偶者には内縁を含むこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の収入によって生計を維持していたかどうかによって順位に著るしい差異を生ずること、受給権者が給付を受けずに死亡した場合には、受給権者の相続人でなく、同順位または次順位の者が給付を受け、給付を受ける権利は相続の対象とされていないことなどからみると、右規程の中心的機能は遺族自体の扶養にあって遺族が右規程に基づき直接死亡退職金を受給できるとみられるので、本件規程による死亡退職金は相続財産に属せず、受給権者である遺族の固有の権利と解するのが相当である。」

代表者

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